ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

父さん、そうやって死んでいくのか、めいっぱい生きるのか、そろそろハッキリさせなよ。

こんにちは。なるよです。


ここ一ヶ月で、物事の見え方がかなり変わりました。


実家の家族の夢をとても多く見ました。

ブログにもここ何日か、実家の家族の事を書く方向になってました。


いつもだいたい自分の物事の捉え方が変わって、このまま淡々と流れていくのかな…と感じた時に何かある。


だから動揺はしませんでした。


落ち着き過ぎている自分に、驚きもしないくらいです。


昨日、伯母から電話がありました。
『お前の父さん、今どうしてる?』

これでほぼ理解しました。

『ごめん、私も今、連絡とってないんだ』

伯母もこれでほぼ理解しました。


携帯が繋がらない。家の電話も繋がらない。

実家のアパートの不動産屋さんから伯母に連絡があり、連帯保証人になっている。
家賃を滞納していると。

伯母に話しました。
父から離れた事。あなたが怖いと言った事。
この一族の連鎖を、ここで止める事。
不幸を増やさない為に、私は幸せを守る事。


伯母も以前は祖母の家を中心に、徒歩1分に住んでいて、親戚内のドロッドロで大変な想いをして来た人です。
従兄弟達も、涙を流しながら大きくなりました。

それぞれの所にいる、今いる幼い子供達に引き継ぐ訳にはいかない。
そう話しました。


伯母が『偉い、よく言った』と言ってくれて、正直嬉しかった。


『あの人は、私が出ていくと期待しちゃうから、今は私は出ないでおきたい。
でも逃げるつもりはないから、何かあったら連絡して下さい。ウチの事なのに、巻き込んでごめんなさい。』

そう伝えました。

『あたしの弟が、ごめんな。もう切るよ。
アンタと電話してると泣くからやだ』
伯母は笑いながら言ってくれました。


子供扱いされた事に、なんだか心がほぐれました。


今、両親と兄がどうなっているのか、私はわかりません。

父は最後に送ってきたメールで、母は働いていて、自分も今はアルバイトをしていると言っていましたが、

私が結婚する前の事を考えたら、
今、電気もガスも止まっているかもしれない。
食べる物にも困っているかもしれない。


どこで何をしているのかもわからない。



それでも私はここにいます。

あの人は、自分は動かず、人が動かなきゃいけない事態を作り、本当に困った時はいつも誰かが来てくれるのを待っている、寂しさの塊の様な人だからです。

そして、それじゃ何度助けても繰り返しだからです。

一族の中で自分を吸い取られながら育った彼は、自分でも無意識の内に誰かの全てを根こそぎ搾り取ってしまう様な人になってしまいました。

そして、それでも側にいてくれる人を確認したい人です。

それでしか、自分を確認できない人です。

そして兄も、父そっくりになりました。
借金、嘘、ごまかし、現実逃避。
色んな人の、心も時間もお金も吸い取る様な人になっていました。

最後に会った時、出来るだけ多くの事を伝えました。
逃げれるなら逃げろ。
お兄ちゃんの幸せは、私に望まれている。
幸せになって大丈夫だから、なれるから、
真っ暗闇に呑み込まれないで。
恨みとか、憎しみとかに捕まらないで。
幸せの事だけ考えて。
お願いだから、自分だけを大事にして。


父に離れますと手紙を送った後、兄とも連絡をとっていません。

兄があの家から出られたのかどうかもわかりません。


こんな風に書きましたが、私は最近、実家の家族を同志の様にも感じるようになりました。


父も、母も、兄も私も、負の連鎖を止める為にいる。

彼等は気がついていないだろうけれど、この家の負の集大成を全部背負って、最前線で苦しんでいる。苦しんでくれている。そう感じました。

貧乏も、人間不信も、自己否定も、破滅的な事も、あの人達が請け負ってくれている。

人に話すとわかってもらえなそうな感覚ですが、
その立場を選んだ彼等に感謝しています。とても。
誰かがやらなきゃいけないポジションをやってくれている。
そんな風に思えてきたりします。


彼等の元から誰もいなくなりました。

誰かのせいでこうなったと思い続けた彼等は、最後まで残ってしまいました。


こうなる日がいつか来るんだろうと、ずっと前から思っていました。

こうなった日に、切り離せない自分が恐ろしくて仕方なかった。

でも、今私はここにいます。
今までの全部は、このメンタルになる為の、この山場を乗り切る為の出来事と自問自答だったと思います。

そして、ここが彼等の最大の選択だと思います。


何十年も向き合わずにきた自分自身と向き合うのか、
自分を落としきるのか。


実家を切り離した時に1つ決意をしました。


どんなに罪悪感が降り掛かってきても、
どれだけこれで良かったのかが襲ってきても、全部受け止めて、ここで断ち切る。


あの人達がどんな結末になろうと、その波に呑み込まれて自分を見失って、不安定な足元をこれからの子供達に残したりはしない。


揺らがない。倒れない。呑み込まれない。


持ち場を守る。


そこから出ている、新芽を守る。


その力しかない自分を、責めない。


彼等が最前線なら、私は殿(しんがり)のようだな、なんて思いました。

私の中で、目に見える現実と心や魂の目に見えない流れと、両方が組み合わさってます。


全部が、なるべくして、起こるべくして起こっていると感じます。



これは1人の現実的な娘としての感情です。
立ち直ってほしい。
前を向いて、上を向いてほしい。
幸せになってほしい。
幸せになれると思ってほしい。


そして、これは目に見えない感覚としてです。
彼等がこの連鎖をどんな風に終わらせるのかを、見届けます。
どんな結果でも。
見届けた上で、彼等から受け継いだ命のバトンを、幸せで繋ぎます。
今いる子供達に。


そしてもう1つ。やっぱり1人の娘として父に。


『生きるのか死ぬのかハッキリしなよ。
生きるなら、必死で生きなよ。精一杯生きなよ。』

『それだけやってまだ生きてるんだから、いい加減に愛されていた事に気がつきなよ。』

『あれだけやって今生きている事が、何よりの証拠だよ。』


あえて、そんな風に言いたいです。