ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

バトンの重さは母親だけが知っていればいい。

こんにちは。なるよです。

最近、とても好きな曲が出来ました。

聴くといつも泣いてしまいます。


宇多田ヒカルさんの『花束を君に』です。


 『世界中が雨の日も
  君の笑顔が僕の太陽だったよ』


私の母は生きていますが、幼い頃、もうほとんどの記憶も残ってないけれど、
母の表情がとても気になっていた気がします。
彼女が笑うと、とても嬉しかった記憶があります。


母を『彼女』と言えるようになった私は、
あの頃の不安な子供ではなくなったのでしょうか。


母は出来ることを懸命にやる人だったけれど、私から見て、どうしても出来なかった事があります。


『私は幸せになれる』と信じる事です。


『抜け出そうと望む事』です。


出来るはずが無い。
自分はこんな運命なんだ。


彼女はそう思っていました。


母は私の幸せを望んでくれていたけれど、
どうしてもどうしても、母から娘にバトンは渡ってしまうものですね。


大人になり始めた私も、そう思う様になっていました。


だけど私は抜け出せた。


それは私の実力でも功績でも何でもなく、
不安定な中でも私が幸せになる事を否定しなかった、母の見えない想いが紛れもなくあると思います。


世の中の怖さを、私にずっと教え続けた人。


アンタは大丈夫だと、言い続けた人。


反面教師でもあり、1番の味方だった。


彼女から教わった強さで、彼女の教えを破る事が、私が出来る運命の変え方だと、
私は彼女に、もっと上手く伝えたかった。


物事は矛盾していて、伝えるには離れなきゃいけなくて、
離れたら、全ては伝えきれなくなって。


私に怒りを感じても構わない。

憎まれて当然だと思う。


だけどただ1つ、
『自分は幸せになれるんだ』と、心から願ってほしい。
信じてほしい。


子供にとって母親の笑顔がどれほど光となるのかを、私は知っています。


昨日も今日も自分勝手に苛立ってしまったり、怒ってしまったり、あくせくしてしまったり、
慌ててしまったりするけれど、
この歌のこの歌詞がフッと浮かんできて、
私は出来るだけ早く切り替えて笑います。


私の表情が緩んで、子供の表情が緩むと、
驚くほど家の空気が変わるのがわかります。


今のあの子達に、例え今だけだとしても私が太陽に見えるなら、しっかり照らしたい。


人生の中でどうしたって訪れてしまう曇りの日や雨の日でも、そこには太陽があると変わらぬ明るさになれる様に。


例え彼等が大人になった時に、剥がれてしまうメッキだとしても。


そんな事言ってもね、いじわる〜な事言っちゃう時もあるんです(¯―¯٥)
ほんとはこんな事、あたかも良いお母さん風に言える奴じゃあないんです。


でも、素晴らしい母親にはなれなくても、
明るいお母さんにはなりたいなぁ。


そんなバトンを、私は彼女達に渡せますように。


受け取って良かったと思ってもらえるバトンを、渡せますように。


悲しみの連鎖ではなく、幸せを疑わない心というバトンを、渡せますように。


それを渡せれば、彼女達は自分達で、雨でも風でも波でも山でも谷でも乗り越えられると信じます。


怖いけれど、不安もあるけれど、私はそれを目指します(^^)


読んでいただいて、ありがとうございました。