ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

罪悪感に捕まって、両親を離せない怖がりの人へ。

こんにちは。なるよです。


今日、ふと『20歳前後の自分に声を掛けるなら』と思いました。

高1で高校を辞めました。半年で辞めました。
成績や人間関係の問題ではないです。

今だから冷静に思い返してみると、
強い強い自己否定からくる現実逃避と、空気感の緩さというか、生きる事に必死にならなくても大丈夫という雰囲気が、未知の世界で、どうしていいかわからなくて、何もしたいと思える事がなくて、途方に暮れた様な気持ちで、
居場所を見つけられなくて辞めました。

ここには居られないという気持ちで辞めました。

親戚に怒られたり、クラスメイトや担任や校長先生にも強く止められたけれど、
私は通い続けていたら、間違いなくおかしくなっていたと思います。


自分を守るために辞めた、そう思います。


初めは家から出るのが怖くて。
誰かに姿を見られるのが恐ろしかったです。

でもずっと『このままじゃダメだ!』って思っていて。

まず、夜に近所のコンビニにいく所から始めました。
サッと行ってサッと帰ってくる。

次は真っ昼間、同級生や学生がいない時間に、家から1番近いバスの時間を見て、その時間直前にバス停まで急いで行って乗って、
みんなが余り向かわない駅まで行って帰ってきて。


バイト先もその近辺で見つけました。
そしてフルタイムで働き始めて、初めての社会で必死になっている内に、学生と会うのが怖くなくなりました。


でもやっぱり何でも自分を責める癖はありましたけれどね。
もう、何でもです。
嫌な事があって怒ったとしても、後になって『結局私が私だからいけないんだ』
全部そこに行き着きました。


働きながら家にお金を入れて。
プラスαで家の生活費が足りないと入れて。

父さんも母さんも苦労しながら育ててくれてるんだから。
誰も悪くないんだから。
不満を感じちゃいけない。健気に助けなきゃいけない。
何とかなるよ!っていつでも明るく笑ってなきゃいけない。


そうやって、家に入れる金額も父に貸す金額も頻度も増えていきました。


父も、困るとすぐ私をアテにする様になりました。
自分からは言えないもんだから、母に言わせて。


それでも私は『みんな辛いんだから』って自分に言い聞かせていました。
20歳を迎える前後位には、爆発しそうな不満を見ないように押し殺して、抜け出せない恐怖と戦っていました。

自分もこの底なし沼のような一族のスパイラルに巻き込まれたまま一生を終わるのか。
どうしたら止められるのか。
止める事は可能なのか。
でも終わらせなきゃいけないと。


結婚なんて出来ないと思っていました。
苦労する人数を増やすだけだと思っていました。
誰も巻き込んではいけないと思っていました。

でも、ありがたい事に、今家庭があり二人の子供に恵まれています。


18歳の頃、一度、家を出て住み込みで働こうと思いました。
家から出て行きたかった。
でも私が居なくなったら、この家は食べる事も難しくなるだろう。家賃も払えないだろう。
明るく振る舞う人も居なくなるだろう。
自分だけが逃げ出す事は、許されるのか。
ここまで苦労して育ててくれたのに、見捨てる様に逃げていいのか。

みんなが食べる物に困っている時に、私だけ普通の生活をするのか。

そう思ったら出れませんでした。

だけど、それだけの理由ではありませんでした。

いつも自分を責めていて、いつも頑張りが足りないんだと責めていて、だから良くなっていかないんだと責めていて、私はいつも『私は合っているのかなぁ』と不安でした。


そして誰かに肯定してもらいたい時は家族に聞き『お前は頑張っている』『お前は偉い子だよ』『お前はそんなに頑張ってて凄いよ』そう言ってもらって、何とか自分を認めていました。


家を出て1人になったら、誰も励ましてくれない。
人は信用しちゃいけないと強く教わって育ってきた私は、人が怖くて怖くて、
その中で自分を否定せずに、自分で自分を励ましながら生きていける自信がなかったんです。

私はきっと、依存される事に依存していた。
そしてあの家では、自分だけはまともにやっている人間でいられた。
母を守らなきゃいけないという想いも理由にしていたのかもしれないです。


言い訳かもしれませんが、今となってはもうわからないですね。

どこまでが純粋に自分の中から湧き上がってきた感覚で、どこまでが幼い頃から埋め込まれてしまった感覚なのか。


ただ1つ確かな事は、いつの時も客観的に見れた事は1度も無かった。

なぜなら私は、1度も家の外の世界に出た事は無かったから。

両親の価値観以外の世界で生きた事は無かったから。

『人は何を思うかわからないから、家の事を言うとアンタがバカにされるから、惨めな思いをするから、見下されるから、絶対に人には家の事情は話しちゃダメだよ』

母にそう言われて育ってきて、仕事先にも友達にも、他人には1度も相談せずにきた私は、本当に冷静に見る事が出来なかったです。
怖くて他人に言う事は出来なかった。


『家を助けるんだよ。両親に楽させてやるんだよ。あんたはいい子だから大丈夫だね。
悪い事はしちゃいけないよ。一生懸命働いて、お金をちゃんと稼ぐんだよ』

祖母にはこう言われていました。

そして父は綺麗事と現実逃避、高望みと夢見がち。

その全部を正論だと思っていた私は、そのぐちゃぐちゃでアンバランスな価値観を自分なりにその都度その場に合う様に調整していた様に思います。


今、私は実家の家族から離れました。

自分を大事に出来るようになって、やっと決断出来ました。

私には全員を請け負う力なんてない。
自分の幸せしか守れない。
誰かを信用したい。信用できると思った人には心を開きたい。
一緒にいて巻き込まれても、不幸の人数を増やすだけ。
幸せになれる人から幸せになっていく。
今ある幸せを守っていく。
自分達を幸せになれないと決めつけて、もう無理だと決めつけて、助かろうとしない人達を、誰も助ける事なんて出来ない。

そして私が怖いのは、他人でも社会でもなく、父だと。母だと。
それに取り込まれてしまいそうな自分だと。

私は私を好きになれたから、私は私を大事にします、ごめんなさいと言いました。


罪悪感が出てくる時もあります。
これでも良かったのかとよぎる時もあります。

でも私は、離れた後に出てくるこの感情も、受け止める覚悟で離れました。

どれだけ後悔することになっても、今の自分の決断を信じようと決めました。


曖昧な未来と定まらない解決策より、
今この瞬間に自分が大切にしたいと思うものを守る。信じる。


そう思えた私は、少し強くなれたのかもしれません。
客観的になれたのかもしれません。
冷たくなったのかもしれません。
身勝手になったのかもしれません。


でも、その全部を私が望みました。


今、子供から大人になりかけの人がいたとして、自分の事を中心に考えてしまう事に罪悪感を感じて動けない人がいたら、伝えたいです。

自分の幸せを願っていいんだと。
幸せを探していいんだと。
探しに飛び出していいんだと。
例えばそれが身勝手になるんだとしても、構わないんだと言いたいです。


誰も罰しないし、そんな権利もない。
あなたの幸せはあなたのものだし、
誰かの不幸はその誰かのもの。


誰にも誰かの幸せをコントロール出来ない。
誰にもあなたの幸せを出し入れ出来ない。


あなた以外、あなたの幸せの為に動ける人はいないんです。

誰かがあなたの為に動いてくれたら、それをあなたが『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言わないと幸せになれないんです。


なんで自分の場合は、誰かを傷つけなきゃ幸せになれないんだって思うかもしれません。


でも傷つけた人がそれを受け入れていたら、
感謝で動けばいいと思います。

それを都合良すぎと言うなら、それでいいと思います。

あなたが、あなたの価値観で決めていいんです。
自分の中にある違和感をおかしいと思わなくていいんです。
その違和感から、自分の価値観を探して見つけて信じていいんです。


私は両親の幸せを願っています。
私は幸せにしてあげられなかったけれど、
彼等が自分達も幸せになっていいはずなんだと、上を向いてくれる事を願っています。


でもそれは、今わたしが幸せだから願える事です。


一緒にいたら、きっと恨んで憎んで嫌ってしまっていたと思う。


受け入れてくれた両親に感謝しています。

私は私を大事にしていきます。

この世界に私を生んでくれてありがとう。

そう手紙に書きました。


あなたはあなたを好きになって下さい。
自分を好きになったあなたは、どんな人生を選ぶでしょうか。

何より最初に、あなたは自分で幸せになれるんだって気がついてほしいです。


あの頃の私の様なあなたへ。


過去の全てがあったから、今の私になれたんだと思えている、未来の誰かより。


読んでいただいて、ありがとうございました。