ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

無力感の正体。ママの笑顔は『安心』という魔法だと思います。

小さな頃の事を思い出しました。
小学校前ですね。3、4歳…もしかしたら2歳くらいの感覚もあるかもしれません。

強く残っている感覚を、私が映像化しているだけなのかもしれないし、本当の記憶かもしれない。
でも、掘り返すと出てくる感情が生々しくて、重々しくて、苦々しいです。

多分、今の私に湧き上がってくるものの、元に近いものの様な気がします。 


『役に立てない』です。


辛そうな母親を見ている小さな私の感覚が残っています。


心配で。大人の話は理解は出来ないけれど、何かおかしな空気の中、母親の表情がめいっぱい強張っている。


思い出すと胸が締め付けられる感じで痛みます。

今だから分析できますが、無力さをね、痛感している感じです。
力になれない。どうしてあげる事も出来ない。


なんて声をかけていいかわからなくて。
それくらい母親の空気は張り詰めていて。
何かの拍子で切り替わって母親が笑うと、ものすごくホッとしました。
きれいに言い過ぎですね…

窒息しそうな苦しさでした。
空気が重苦し過ぎて。


ずっと母親の表情を気にして、食器棚の閉める強さにもいつも敏感で、小さい頃の私はずっとママっ子だったと思っていたのですが、
多分、あの子は母親を守ろうと思って横にいる。


心配だから、目を話せずにいる。


カウンセラーのように寄り添っている。


バランスを、とろうとしている。


私は母親の『ごめんね』をたくさん聞いて育ちました。

ひっきりなしとまではいかないけれど、たくさん聞きました。

言葉に出さない時もずーーーーーっと感じてました。


今、母親になった私だからわかる事もあります。

子供に必要なのは、謝罪よりも笑顔です。


そして、謝りたいのをぐっとこらえて笑顔を見せるのは、とんでもなくしんどいです。


けれど謝り続けられると、まるで刷り込みのように『私は情けない、可哀想な、どうしようもない環境にいるんだ』と無意識に思っていくと思います。


私が、謝るより笑ってて欲しかったと気がついたのは、随分大人になってからです。


謝りたい気持ちはわかる。
傷つけた時は、謝ることも必要だと思います。
でもその子のいる世界を、環境を、そこが世界の全てだと思っている子に『自分のいる世界は謝り倒される様な世界なんだ』と思い込ませる事はしないでほしいです。


でも、それが出来ない母親の苦しみを手に取る様にわかってしまう私もいます。
そんなに簡単では無い事も、嫌ってほどみてきました。


助けられなくてごめんねって、
力不足でごめんねって、
役立たずでごめんねって、
居てごめんねって、
居て邪魔じゃない……??って思っている小さな私が、まだ残っています。


私の中の母は、まだ謝ってばかりです。
張り詰めた顔をしてばかりです。


だからあの時の母親と私、両方に言います。


ママのせいじゃないよ。
ママは頑張ってるよ。
笑った方が似合ってるよ。
ママが居てくれると嬉しいよ。
ママが好きだよ。
私がいるよ。
一緒にいられればそれでいいよ。


あなたのせいじゃないよ。
ママは疲れてるだけだよ。
あなたの気持ちは伝わってるよ。
そんなに気を遣わなくていいよ。
役に立ってるよ。
立たなくたっていいよ。
嫌だって思ったっていいよ。
ママはあなたが好きだよ。
きっとじゃないよ、多分絶対にだよ。


………ここから私は、また変わっていけますかね。


常にあった無力感が、少しずつ解けてゆくといいなと、今、ちょっと軽くなりながら思いました。


これを読んでくれている誰かのお母さん。


ごめんねより、ありがとう。

ありきたりな言葉ですが、どうか少しでも忘れずにいてほしいです。

私も忘れない様に心掛けます。


そしてあなたのお子さんも、あなたが居てくれるだけで嬉しいって、そう思ってると思います。

お母さんの笑顔は、安心という魔法です。


そして、笑えなかったとしても『私はダメな母親だ』って自分を責めたりしないで下さいね。

全然うまく言えなくてごめんなさい。

大人になっても、まだまだ私は力不足です。

でも、この苦しさから抜け出します!(^^) 

誰のせいでもない事って、たっくさんあると思います。

読んでいただいた皆様、ありがとうございました。