ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

『悲しくならない方法』よりも。

一生、一度も悲しくならない方法はない様に思います。

私は以前、自分を好きになる事ができれば、苦しさや悲しみはもう訪れないと勘違いをしていました。


人生は流れるようにスムーズになり、温かな幸せな空気がいつも溢れ、その中で私は自分を愛していける、周りを愛していけるのだと思っていました。


でも自分の大事さに気がついた後にわかった事は、自分の嫌な事、関わりたくない人、言ってしまいたい気持ち、自分の我儘、譲りたくない感情、

そういった、私はこういう価値観で私らしくなっているんだっていう事がどんどん明確になっていきました。


そして、それを大事にしないでどうするんだ!と、自分に嘘がつけなくなっていっています。


心の浮上を感じてから1年以上が経ち、やっとわかってきたことは、悲しい事も苦しい事も、生きている限りなくならないという事です。


どんなに素晴らしい人間になっても、イラ立ったり凹んだりする出来事が必ずある。


それでも自分を大事にする事が出来ていれば、
その中に幸せを見つけられたり、まだ自分で受け入れてなかった感情が見えたり、まあそんな時もあるかって思えたりする気がします。

自分を好きになる事は、シェルターでも防護服でもなくて、怖さへの飛び込み方を知ることではないだろうかと感じました。


自分の中から出てくる『嫌だ』と思う気持ちすら、大事に思える事ではないかと感じました。


自分を好きになったら、素晴らしい人になれるわけじゃなくて、

自分を好きになったら、素晴らしくなくてもいいやって言える。


私はそんな風に思いました。



『悲しくならない方法』より、
『悲しい気持ちを大事に思える考え方』を自分なりに見つけられると、自分の居場所が明確になるのではないでしょうか。


読んでいただいて、ありがとうございました(^^)