ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

それが何かもわからないくせに。

正しい事をしようとして、
正しい事をしていようとして、
いつだって正しくいようとして、
それが正解かなんて、どこに聞いたってどれだけ考えたってわからないのに、

ずっとずっといつもいつも『それらしいこと』をし続けて。

でも正解に辿り着かなくて、
答えは出てるかもしれないのに、
正しいかどうかわからない私には、
やっぱり答えは見つけられなくて、


『正しそうな事』をやってる自分は正しいのかと、大爆発しそうになる。


でもそんな時は、正しいかどうかはわからないけれど、
血迷った様に、彷徨ってる様に、でも必死に生きている、そんな私でいいか聞いてみる。


誰に聞いてもどこに聞いても、やっぱりさっぱりわからないから、私自身に。


いつでも『もちろん』と答える。
大丈夫だよとか、それでもいいよとか不安げな返事じゃなくて、『当たり前だ』って力強く答える。


そのやりとりしか確かなものがないけれど、それだけはいつも確かだから、
そんな自分でいいんだと、また真っ直ぐなつもりで彷徨いに行く。


それで、また目が回ったら帰って来て、確かめて、受け止めて、受け止めてもらって、
まだ動けるならまた行く。


それをあと何年か何十年か繰り返して、
ずっと繰り返して、最後に、これしか正解じゃなかったよ!ってガッツポーズとるくらいの気持ちで死にたい。


それが、私の目指す正解かもしれません。


やれる事の大きさは微々たるものだとしても。
薄明かりにもならない灯りだとしても。
小さな小さな声だとしても。


何かの為に何かを探して、それを自分の為にやっていて幸せを感じてる、そんな自分でありたいです。


書き終わって、『なんて頭のカタイ奴なんだ!』って思いました(笑)
ガッチガチですね(^_^;)
そりゃ無意味に疲れるわ。
シンプルにいきたいですね✨

読んでいただいて、ありがとうございます。