ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

ホ・オポノポノ、私の場合。②

こんにちは。
ホ・オポノポノ話の続きです。


私は自分嫌いと向き合うと決めてから、スイッチが入った様に、様々な事が起こりました。

その間中、ずっとホ・オポノポノをしていたんですが、始めは罪悪感が強かったんです。


しばらくはこんなに苦しいのは、ウニヒピリが怒っているんだ。私を許さないと思っているんだと、ウニヒピリが可哀想、ごめんなさい、だからこの苦しみは当然だって思ってました。


でも『こんな私だから苦しくて当然』って思う気持ちって、向き合う前の自分と考えてる事が変わらない…と気がつきました。
もしかしたら、この気づきすらもステップの1つだったのかもしれないですね。


そこからは罪悪感もクリーニング。
うまくクリーニング出来てるのかなって不安も、疑問も、疲れも、全部クリーニングしていきました。


そして『今は過去の結果だとしても』で書きましたが、後悔、自分への許せなさの感情が終わり、やっと現実との向き合いが始まりました。


今度は『怖さ』『怒り』『悲しみ』『それを出す』事が強く出てきました。
主人との事、両親との事、兄弟との事、私の感情が全部網羅出来る様に、これでもかこれでもかって問題が起きます。


以前も書いてますが、そこら辺で気がつきました。これは対人じゃないなって。
私が向き合うのは、環境や状況じゃなく、この心境なんだなって。


もう、本当に、気が狂いそうなくらいの様々な問題と苦しさでしたが、これに気がついてからは更に感情に抵抗しなくなっていきました。
毎日毎日、何してても泣きながら、でも子供の前では笑ってクリーニング。

少し話はズレますが、子供の存在に『支える事で支えられてる』というのを、痛感しました。
こんなにも、誰かを守るために捨て身に、力強くなれるとは、自分でも思わなかったです。


怖さにぶち当たる。言わなきゃ、やらなきゃ進めない事が起こる。
でも、ボロボロに傷つく事だからやりたくない。
飛び込む勇気が持てたのは、ホ・オポノポノが有ってくれたからです。

『どんだけ傷ついても、それをガッツリ見る。受け止める。クリーニングする。』


『そして、この気が狂いそうな今から、今を変える。』


『やらなきゃ、変わらない。』
『終わらせなきゃ、またふりだしに戻る。』

『ここまで決意して振り出しに戻ってしまったら、二度と自分を信じられない気がする』


だから、やる。
出来る出来ないじゃない。
やる。この選択肢1本。
いつまでやるのか。
終わるまでだ。

いつ終わるのか。
自分を好きだと思えるまでだ。


明確なゴールなんかなくても、辿り着いたら辿り着いたと思えるんだろうから、それがゴールになるんだろう。


途方に暮れてしまう時もありました。

泣ける場所が無くて1人夜の車で、ぐしゃぐしゃになりながら『ごめんなさい、許して下さい、ありがとう、愛しています……… うわぁぁぁぁぁぁぁ!苦しいよ… 悲しいよ… 寂しいよ… いつになったら終わるの!
………ごめんなさい、許して下さい、ありがとう、愛しています…  絶っっっ対に抜け出す… 今は途中なだけだから!』って、

もう1人カウンセリング、1人100人組手、1人わんこ蕎麦、エンドレス自問自答でした。
その時誰かが車を覗いていたら、なっかなかキッツいシチュエーションだったと思いますよ(笑)
絶対に怖いと思う(笑)

そして、私は絶対に心を、ウニヒピリを見つけて助け出すんだ!という事だけは、見失わない様にしました。
何度も危なかったですけれど。


そうして今に至ります。

深く沈んだ心は、一緒に浮び上ってくれました。


きっとまだまだ未熟な私は、これからなんでしょう。

ウニヒピリの姿が見えるって方もブログや本でお見かけしますが、私はこれだ!って実感はありません。


でも最近は、思考からくる感情なのか、心の内側の本心なのか、自分でもわからなくなる事がよくあって。

だけど抑え付けてる感覚がないから、
これは思考と心がすごく近い位置で似たような感じ方を出来ているんだって思ったりします。


心が浮上した時、全部組み込まれていたプロセスの様な気がしました。
起こるべくして起こってくれてたんだな、と。
もしかしたら私がホ・オポノポノと出会った事も、自分自身を受け入れると決めた事も、
全部のタイミングが決まっていた感覚でした。


そこからまたたくさんの事がありました。
今も毎日色々あります。


でも前よりずっと、私は幸せで、生きやすく、目の前の事を考えられる様になりました。

まだまだですけれど、またここから進んで行きます。


こんな私の、ホ・オポノポノ体験談でした。

読んでいただいた皆様、ありがとうございます(^^)