ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

完成図は、中途半端で出来ている。

空高く飛べる鳥に『飛べない鳥にしか出来ない事があるよ』って言われても、全然嬉しくないと思っていました。


持ってる人に『そのままの君で大丈夫』と言われても、無神経に感じてしまいました。


キラキラ輝いている人に『みんなも素敵。輝いている』って言われても、私が欲しいのは『この自分じゃない自分』だと、余計に苦しくなりました。


今も変わらないです。
私は、いつもとても中途半端。


不思議なような体験は時々あるけれど、それの解読も出来ない。
スピリチュアルな考え方を、体感と経験で理解はしてるけど、その能力自体はない。
誰かに渡せる定義も言葉もない。


『あなたはこうですよ』とか
『こうすると良いですよ』とか
何にも役に立てなくて、
『何か出来る』自分になれなくて、
でも私のポジションはここなんだって事は、感覚で腑に落ちていて。


思考だけが悪あがきしていて、
とても苦しくなったりします。


ズバ抜けた『何か』があればいいのに!って
思わずにはいられない時があります。


それでも根っこの、大元の自分は、『その自分が自分でオッケー!その私でいる事こそ、大事』って思っていて。


私は、嫌だったんです。
色んなブログを見て、色んな作品を見て、『持っている人』の言葉や考えに触れて、感動する。衝撃を受ける。胸が震える。

でもそれは自分の中の孤独を増すだけの時もたくさんありました。

『ああ、やっぱり自分とは、根本から違うんだ』って、素晴らしいはずの言葉や思いが、人を責めるように沈ませていくのが、とても嫌だったんです。


だから、中途半端なまま書こうと思いました。

中途半端な私は、そのままの自分で心と会う事ができたから。
スペシャルになる必要はまるでない!って、思えたから。


でもまだ時々、憧れたり強烈に羨ましくなったりします。
キラキラしてる人達が。
『自分にしか出来ない事』をやってる人達が。


だけど私は、自分を下らなく思ったりなんかしない。


私も中途半端。あなたも中途半端。それでも、それで世界は『出来て』いる。

出来ているんです。
それで完成してるんです。
未完全な人達がそれぞれ、あーでもないこーでもないって言いながら、完全な世の中になってるんです。


どれだけあがいてももがいても、思い描く完璧にならないって事は、中途半端なこの自分が完全な形なんじゃないかって思いました。


夢や憧れが放つ光は眩しすぎて見えなくても、中途半端な弱い灯りなら、その手でともす事ができる。


自分にも!って思ってもらえるんじゃないかって、勝手に思いました。


こんなに中途半端な人間が、
自分を受け入れて、
自分を認めて、
自分を好きになって、
ああ、幸せだなって感じている。


そんなんでいいのかよって、思って下さい。
そんなんで、きっといいんだと思います。


私もまだ時々出てきます。
憧れや光への羨望が。


だけど『そう』か『そうじゃないか』だけだと、つまらないでしょう?
点と点の、端と端の通り道がないと成り立たないでしょう?
それで初めて『カタチ』に成るのではないでしょうか。


それが中途半端ではないかなと。


途中の、端と端の半分の所。


すごい!文字通り♪


中途半端な自分に、胸を張るんだ!って決めてみませんか?
想いは後からくっつけていきましょう?


何が言いたかったかと言うと、
『全力で中途半端やろうぜ!!』って事です♪


読んでいただいて、ありがとうございました(^^)