ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

辛くて苦しい不倫をしている人へ。

不倫への批判が、本当に物凄いですね。
確かに色んな人を悲しませるケースが多いと思いますが。

どうしてもテレビのインタビューやされた側の主張は『したことがない』人のみの意見が圧倒的なので、批判ばかりなのは仕方ないのですが。

不倫中、不倫後の言動、振る舞い、仕打ちにおいて、その人その人の人格や行いに非難が集まるのはわかります。
人となりが出る事ですから。

ですが既婚者は、もしくは既婚者に、恋をする感情そのものが不潔みたいな風潮を見ると『既婚者の恋』自体が、そこまで悪かなぁと思ってしまいます。

『結婚してるのに、他の人を好きになるなんてサイテー!ありえない!!』と聞いた時は愕然としました。

結婚してても人間ですからね〜……と。
結婚してるのに恋をしてしまうと、人間として『最も』『低い』、『最低』になってしまうのでしょうか。
物凄い束縛や偏見に感じます。


自分が独身時代に不倫をしたから言うのではありません。
主人が2度の不倫をした後の、今だから言います。


する時はしてしまう。落ちる時は落ちてしまう。


こればっかりは、経験した人にしかわからないのではないでしょうか。

それを言ってしまうと、なんにしてもそうですけどね(笑)大きな事から小さな事までね。

私は、人間の感情で1番コントロールがきかないのは恋愛感情ではないかと思っています。それが依存であっても禁断であっても、どんな立場でもどんな状況でも。

繰り返しになりますが、
する時はしてしまう。落ちる時は落ちてしまう。

そこに何の意図も策略も無いと思います。

相手の誰かを求める心の隙間が、自分の心の凹凸と合ってしまった時に、突然、加速度的に、物凄い熱を伴って、不倫は始まってしまうのではないでしょうか。


そこからですよね。
恋に落ちた後、どうするのか。
きっと批判する方は、『そこで理性を働かせろ!!!』って事だと思うのですが、心が大暴走してしまうと、頭は追いつかないですよね。

普段は自分でコントロールしているつもりになっている心。

普段から自分の心に正直に、素直に、己の幸せを軸に考える事の出来ている、心とスムーズに繋がっていられている方は、冷静に考えられるのかもしれません。

心は大暴走しないのかもしれません。

でも普段から心の本音を見てみぬフリして、抑えつけて、心が苦しくてパンパンになっている方は、
頭でばかり解決しようとしている方は、ここで心の大暴走が始まるんだと思います。

もう歯止めが効かないくらいに、怒濤のごとく感情が流れ出すのではないかと思います。


心の凹凸が埋まるんですもん。
そこにはスッと入る隙間があるんですもん。


あなたに本心を抑えられ、居場所が無くなっていた心は、がむしゃらに走って行ってしまいますよね。
逃げ場に。現実逃避しに。


そして不倫が始まって、見たくないものをみる。
自分が無意識にしまっていたもの。

苦しさや醜さ、惨めさや情けなさ。

こんな自分でも愛されるんだって思いも、やっぱり私は駄目なんだって思いも。
私はこんな人間だったんだって思いも、やっぱりこんな人間なんだって思いも。


不思議と自分のコンプレックスが赤裸々に暴かれる人が多いんじゃないかな。
実は不安だけど、なんとか大丈夫だと思っていた部分が、やっぱり大丈夫じゃない事を見せつけられる事が多いんじゃないかな。


見るべくして見せつけられる。
落ちるべくして落とされる。
心は本心を出したくて逃げてるから。


だからある意味『運命的』っていう言葉も間違いではないと思っています。

結婚できようが、捨てられようが、苦しかろうが、ボロボロだろうが。


心が求めてた叫びが、あなたが感じ取るのをやめた感情が、全部出てきているんですから。

幼い頃の家庭環境、人間関係のトラウマ、焼き付いてしまった恐怖、自分を信じられない気持ち………。


たかが不倫、されど不倫。本当に色々出てきますよね。喜怒哀楽がもれなく、くまなく。


そしてそのドロドロの感情を認めたくなくて、自分を見失って、抜け出せなくなって、心が聞いて欲しがっている感情を不倫前の様に押さえつけたり、押し込めたり。
そして心はまた麻痺をする。


だけど逆を言えば、視点を変える事が可能なら、この不倫で全部クリアできるかもしれないって事です。
今の自分のままで、生まれ変われるかもしれないって事です。


本当に難しくて辛くて厳しい事だけれど、相手ではなく、出てくる自分の感情と立ち向かって、向かい合ってゆくと、本当に何にも変わっていない自分で、全然違う自分になれます。


そんな事あるわけないって思っていた私が経験者です。


あなたの全部が変わるから、現実が変わって見えます。
何にも変わっていないのに、まるで違う世界になります。


今、それを胡散臭いと思う気持ちも当たり前です。


けれど昔にあなた自身が鍵をかけたランドセルから、そこに問題集が出てきているなら、後回しにせず問いてしまった方が、幸せは最短でくる、そう思います。


私が悩んでいた時、もっと心にすんなり入ってくる説明や言葉はないもんかと思っていたのに、
こんなにわかりづらい言い回ししか出来なくて、力不足だなぁって感じます。


でもね、これを読んで、今は気持ち悪いとか胡散臭いとかわけわからんとか思えても、ずーっと後になっても構わないので、
『こんな事を言ってるヤツもいたな…あれはこーゆー事なのかな』って、ふとした時に少しだけよぎる、そして少しだけわかる…
そんなモノになれたら、幸いです。


読んでいただいて、ありがとうございました。