ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

息子の『おなかにくるまえのはなし』

ちょっと不思議で泣いてしまった出来事がありました。


私には2人子供がいて、お姉ちゃん、弟です。
私はお姉ちゃんの妊娠中から、『子供は絶対に女の子がいい!』と強く強く思っていました。

というのも、私は親族、父、兄を見てきて、男性に対して物凄く複雑な思いがあります。
それに気がついたのは、二人目を妊娠して、男の子だとわかった時でした。

自分でも驚くほどショックで、怖くて、お腹にその子がいるその体で、帰り道の車で1人で泣いていました。

私に男の子が育てられるだろうか……
こんな私が育てたら、あの人達の様になってしまわないか……

尊い命にそんな事を思ってしまう自己嫌悪、でも抑える事が出来ないくらい湧き上がってくる恐怖。


だけど何とか気持ちを前向きに前向きに持っていって、生まれたその子は、驚くほど愛おしくて、お姉ちゃんもその子も同じ様に私は愛していて、とても嬉しかったです。


男の子はママっ子と言いますが、例にもれず超ママっ子で、
お姉ちゃんもママっ子だったから慣れているつもりでしたが、2人いるから尚更大変で。

情緒はとても安定している子でしたし、幼稚園にも一度も泣かずに行き、先生達にもいつも楽しそうと言ってもらえていたのですが、私の中で罪悪感が消えないのでしょうね。

時折『お腹にいた時にあんな事を思ってしまったから、今も不安になったりするんだろうか……』なんて思ったりしていました。

だけど罪悪感を持ち続けて接していると、良い影響はないと思ったので、棚に上げる様で心苦しかったですが、目一杯の愛情や安心を見せる事でしか、そんな事思ってないよ、という事を伝える事は出来ないと思っていました。


寝かしつける時に、時々何かの折に話すのですが『ママの所に来てくれてありがとう』『ママをあなたのママにしてくれてありがとう』『あなたが生まれてくれて、ママはとっても嬉しいし、楽しくなった』

いつもと同じ様に話していました。

すると息子が大号泣をし始め、私に言いました。


『ほんとーは、どうしよーかなーって迷ってた…』
泣きじゃくりながら言うのです。

衝撃と同時に、ピンときた私は
『何をどうしようかと思った?』と聞きました。

『このママがいーなーっておもったんだけど、いってへいきかなぁって………』


私の顔はグシャグシャになりました。
涙が止まらなくて。
でも、素知らぬフリはしたくなくて。

『そっか、そうだったんだね。このママは大丈夫かなーって、心配だったんだね。そうだよね。でもね、ママはあなたがいてくれて、毎日本当に嬉しい。良い子のあなたが好きなんじゃなくて、どんなあなたでも絶対に好きなんだよ』と伝えました。


グシュグシュ泣いていた息子は
『ほんとうのことをきいてくれてありがとう。ずっといっしょだもんね。』とニコッと笑いました。


そしてしばらくすると、話した事も忘れているような感じでした。


いつも、ママは僕の事が好きだと自分で言っているくらいなので、びっくりしたのと同時に、お互いの間に残っていたわだかまりを解かす瞬間をくれた息子に、感謝してもしきれません。


本当かどうか確かめる術はないですが、お腹の中にいた時の記憶、お腹に入る前の事を話し出すお子さんは、とても多いそうです。


以前に『お腹にくる前の事を覚えてる?』と試しに聞いてみた時は、『?????』という感じだったので、尚更驚きました。


もう、これは感覚の話なので、上手く伝えられませんが、『謎が解けた』ような、『ほどけた』ような、何かが軽くなった感じがお互いにあった気がします。


私が都合よく考え過ぎかもしれませんが。
許されたなんて、思ってはいけないと思いますが。


本当はお腹の中にいた時の感情を、感じずにいてあげられていたら…と思うと、私はこの話をポジティブに考えてはいけないのかもしれません。
息子が本当に私の感情の事を話していたかの詳細もわかりません。

でもこれまでに自分を修復してきた中で、
ごめんねや罪悪感は連鎖を生むと実感しました。

親から子への苦しい思いの過去は、繰り返さなくていい。

だから私は、ごめんねは自分自身の中で受け止めていって、ありがとうを出来るだけ伝えていく事に決めたんです。

とはいっても毎日の子育てにイライラしたり、怒ってしまったり、絵に描いたような理想の母親ではありませんが、毎日ゲラゲラ笑いがあります。
私を母親として、慕ってくれています。

今は抱っこも一苦労なくらい重くなりました。
大きくなってきて、だんだん抱えきれなくなってきました。

私はこの抱えきれないほど貰った愛情を、めいっぱい幸せだぞって所をみせて返していけたらいいなと、思っています。

さあこの私で、ここからまた、どんどん幸せにならなくちゃ。見てもらわなくちゃ。
あなたがいてくれて幸せだという事を。


読んでいてご不快に思った方もいらっしゃるかもしれません。


ですが、読んでいただけた皆様、本当に、ありがとうございます。

そして2人共、生まれて来てくれて本当にありがとう。

ベッキーさん、不倫前より今の方がいいよ。

ベッキーさんについて、書いてみてしまおうかなと、思います。


不倫が発覚するまでは、とっても好感度が高い方でしたね。
CM女王なんて呼ばれたりして。


でも私は、騒動前のベッキーさんより、今のベッキーさんの方が好感度が高いです。
とは言っても、元々そんなに詳しくはないですが。


不倫が発覚する前にテレビで拝見するベッキーさんは、とてもソツが無く、でも真面目過ぎず、とっても親しみやすそうな感じにみえました。
親しみやすそうな『感じ』に。


私は昔から、人見知りしないでしょ〜なんてよく言われ、ほんとは人と距離をとると言うと信じてもらえませんでした。

人に不快感を抱かせずに入って来られないようにするには、ある程度『オープンですよ』的な空気で、核心に触れられない為に、逆に入っていいスペースをある程度開けとく、的な感じでした。
無意識にそういう接し方をして、自分をガードしていました。


勘違いかもしれませんが、ベッキーさんにも少し似た雰囲気を感じました。


とっても一生懸命にキャラを作っているように見えました。
とても自然に見えるように。
当時はそれが逆に『そんなに好感度高いかな???』と不思議に思う原因でした。


そして、あの騒動。


お相手だった方が最近TVに出たりして思った事は、ベッキーさんは本当に1人で現実と向き合ったんだなと言う事です。


物凄く頑張ったんだな、きっと様々な物事や感情を見るだけ見て、受け止めるだけ受け止めたんだな、と思いました。


憶測ですけれどね。


良い子のレッテルが剥がれ、自分はこんな事をする人間ですって事を晒されてから、誹謗中傷、自己否定、罪悪感、奥様の想い、お相手への未練、恨み、憎しみ、人間不信、自己不信、離れていく人もいたでしょうし、これからの人生に対しては恐怖ばかりだったのではないでしょうか。


でも今、TVでみるベッキーさんは笑っていて、しっかり顔を上げている印象を受けます。
以前の優等生すぎる危うさの様な印象が、私は無くなりました。
傷つけて、傷ついて、色んなものを無くして、残った『自分』で生きていこうとしている、大人の女性に見えます。
時々見せる表情に、悲しみや抱えているものの重さを感じますが。
自分で自分の持つものを、しっかり認識できている印象を受けます。


ある意味で、とっても肩の荷が降りたのではないかなと思います。

期待や重圧、見栄やプライド、重かっただろうなぁ、やっと降ろせたんだなぁと感じました。


お相手の奥様の事を考えると、ベッキーさんは何も悪くない!!!とは言えないのですが、夫婦には夫婦の事情、奥様には奥様の心の事情もあるかもしれません。

掘り下げてしまえば、
あの男性と結婚した事が原因、
じゃあ、あの男性をあんな性格にした原因は?
その原因の原因は?

になってしまうので、今はベッキーさんにフォーカスして書かせて下さい。


傷ついて、そこから上を向く女性が1人増えた。
とても嬉しいなぁと感じました。

怖さも不安もあるでしょうけれど、いい恋をしてほしいですね。
私は幸せになる権利なんかない、なんて思わずに、いつかウルトラハッピーになってほしいです。
もう十分に、『世間』と『愛した人』にメッタ切りにされたと思います。
その事をご自分の責任として認識していらっしゃる様に見えます。


そして最後に少しだけ、、、
奥様にも、とっっっっても幸せになってほしいです。
『浮気された妻』『捨てられた妻』なんて思う必要もないと思います。

その時に取り沙汰された相手がベッキーさんだったという話で、タイミングさえズレていれば今の彼女さんだったかもしれないですし、また違う女性だったかもしれません。

ベッキー』さんだったから夫がおかしくなったって訳ではないと思うのは私だけでしょうか。

仮にあの方に固執して夫婦関係を続けても、
『幸せ』ではなかったかもしれませんしね。

思考は現実になるってよく聞きます。

だから私は、奥様とお子さんにも、とっても幸せになってもらいたいと思います。

あの時があったから今がある。
そう思えるぐらいに幸せな女性が、これから2人増えますように。


読んでいただいて、ありがとうございました。

自分を信じるってなんだ。

『自分を信じる』
とてもよく聞く言葉で、そうなりたいと思っているけれど、
じゃあ自分を信じましょう、はいスタート!って言われても具体的にはどうしたらいいかわからなかったのは、私だけでしょうか。


自分を信じられているのかが、まず信じられなくて。


自分を認めよう、好きになろう、幸せになろうと決めてからも、『自分を信じる』がうまく掴めませんでした。
必要不可欠になるはずなのに。


自分否定と向き合って、もがいて、あがいている中で、何度も何度も心が折れそうになりました。投げ出したいと思いました。逃げ出したいと思いました。
でも投げられる場所も逃げ出せる場所もなかった。

常に正念場で、常に背水の陣でした。

これが自分を助ける人生最後のチャンスのような感覚でした。

だから辛くて苦しくて当たり前だ。
押し込めてきた感情を全部解放するって決めたんだ。
今感じている気持ちは、私がこれまで無かった事にしてきた感情だ。

これだけ悔しかったんだ。これだけ虚しかったんだ。
私は私に見てみぬフリをされて。
投げ出す場所も、逃げ出す場所も無くて。


ごめんね、ごめんなさいって自分への罪悪感でいっぱいになって、だから苦しんで当然だ、罰を受けるべきなんだって思いそうになりました。

だけど、本当に自分で自分を苦しめるのが目的なら、極論を言えば死んでたっておかしくないはずだって思ったんです。


私は生きていようとしている。
私は幸せを目指している。
私は私を認めようとしている。
私は自分を、苦しめようとはしていないと、思っていい。

だったらどんな風に考えていけばいいのかと、悶々と悩む日々の中で、自分の中に引っ掛かるものがありました。
ヒットするような感覚ですかね。


信じられる人間になってから信じるのではなくて、
『信じるぞー!!』って強引にいくものでもなくて、
繋げていく自分。


この決断や判断が、合っていようが間違っていようが、裏目に出ようが出まいが、『今この選択をした自分』は幸せに向かっている。


後から何か問題が起きても、『そこから』また幸せや明るい方を目指して選択する。
『決めた時』まで戻って自分を責めずに。


今、自分がする選択は、自分自身の幸せに繋がっていくんだと思い続けていくこと。


『私は繋がっていくと思い続けていける』、そう選択し続けていける私でいるんだ。


湧き上がる感情ではなく、続けていく現象。心境。


『自分を信じる』が私の中に居場所を見つけた出来事でした。


今でも迷った時、悩んだ時、これでいいのかと怖くなった時は、心の中で繰り返します。

『今この瞬間、幸せに繋がる様に考えているか』
『この考えや行動は、より良い自分に繋がっていると私が自分で決める』と。

そして結果が望んだものではなくても、そこからまた幸せに繋げて選択を繰り返していくんだ、と。


毎瞬毎瞬に、自分の選ぶ道を認めて受け入れ続ける事の、その連続の行為を、人は『自分を信じる』と言うのではないでしょうか。


そして、信じられなくなる時があるからこそ、自分の中の本当を、本音を探し出せるんだと思います。

本当も本音も、あなたの中に間違いなくある。
そう思う事を繋げていって、『あなた』と『本心』の距離を無くしていってほしいです。


私は今、どれくらい離れているかな。
もっとどっちかわからなくなるぐらいに、なれるといいなと思います(^^)


読んでいただいて、ありがとうございました。

過去に、負けない。

心に取り除けないものがある。
なりたくない自分の時、抑えられない感情の時、脳裏に浮かぶ情景がある。
訴えてくるような感情がある。
思い出がある。


そこから逃げ出したくて、必死にやってきた。
ふとした時に捕まって、飲み込まれてしまう時もあった。


留まれる時もあれば、流される時もある。
戦績はイーブン。


怯えてる分だけ、隙を突かれる。不利になる。


迎え撃て。背中を見せるな。


恐怖に囚われて見えなくなってる。
怯えてるのはあっちも一緒だ。


それでもここまで生きてきた。
その事実で圧倒的有利だ。


時間が流れているだけで、もうすでに過ぎ去っている。


過去に向かって叫ぶ。


絶対に負けない。


負かすつもりもないけど、
押し潰されはしない。


戦績はイーブン。
私は心とタッグを組んでる。


もう大丈夫。
負ける気がしない。


人生最大の強がりとハッタリで、
この鬼ごっこを終わらせてやる。


もう追われない。追いもしない。
その過去があって、ここにいる。


その事にもっと胸を張る。
根拠なんか、別に取ってつけたりしない。

あなたの心は逞しい。あなたが思っているよりずっと。

自分が経験してきて、色んなお話を聞いて、その中で思った事があります。

自分は弱い、脆い、と思っている人に書きます。

旦那に不倫された、両親が離婚した、お金に困っている、親が借金まみれ、人が怖い、自分が嫌い、誰も信じない、誰も信じてくれない…………

日々、様々な人が様々な出来事に直面していて、様々な思いを抱いていると思います。

それを精算できない自分が情けなくて、駄目な人間に思えて、心の力が湧かないかもしれない。

そんな中、私が渦中で苦しくて情けなくて気が狂いそうだった時に、フッと浮かんだ事があります。


私は今こんなだけど、私は昨日と何も変わっていないけれど、
『それでも、私は今日も生きている。』


今も胸を刺すその痛みが、
思い出すと動けなくなる事が、
思い浮かべるのも苦しい事が、

朝、目が覚めて、それぞれが昨日の事になってる時点で、あなたはもう乗り越えているんだという事です。

その苦しかった時間を。


解決は出来ていなくても、
まだ先は見えなくても、
昨日の、そして以前の出来事は、過去になっているんだという事です。


苦しいと感じる一瞬一瞬を耐え忍んで生きている今日に、もっと胸を張っていいと思います。


苦しくて悲しい、そんな出来事が目の前にある時に、強引に前を向かなくてもいい。
明るい未来を描けなくてもいい。

ただただ、その一瞬一瞬を、乗り切ると決めていけばいい。

それだけでいいと思うんです。

そうやって、毎日は繋がっていると思います。

昨日より今日、今日より明日なんて、心が落ち着いたらゆっくり考えればいい事。

それより今は、耐え忍んだ昨日を、今日も立ち向かっている事を、今日も苦しんでいる事を、それでもその自分のままでまた明日を迎えていく事を、もっともっと、認めてあげてほしいと思っています。


昨日の自分が、あなたに認めてほしがっています。
過去の自分が、あなたに全否定をやめてほしいと言っています。

1つ1つ、過去の自分を認める作業が、今日、『今』まで追い付いた時、あなたの心は軽くなるんだと思います。


『自分を認める』事が出来るんだと思います。
『今を生きる』事が出来るんだと思います。


明日をずっと追いかけ過ぎないように。
昨日から逃げ続けないように。
昨日のあなたは、未来の今のあなたに、置いて行かれてると感じてはいないでしょうか。


過去に押さえ込んだ感情がとても多かった私は、ひたすら自分の気持ちと向き合いました。

辛くて辛くて。でも泣くだけ泣いて、苦しむだけ苦しんで、全部を出し切るんだと、心に決めて。

そうしていく過程で、気持ちが少しずつ変化しました。
『昨日の自分への評価』が変わり始めました。

私にこんな強さがあっただろうか。
私はこんなに諦めなかっただろうか。
私はこんなに自分の幸せを望んでいただろうか。
私はこんなに誰かを守ろうとしていただろうか。


今日も諦めない。
それが明日になれば、昨日の自分は『立ち向かった自分』になれる。


何も打開策なんてない。
何か大きく行動に出れるわけではない。
時間もお金も、何もかもが限られている。


それでも、そう考えるだけでいい。
今、目の前にある水たまりを、やっとの思いで超えると考えるだけでいい。


その繰り返ししか出来なかったけれど、それだけはやめないと決めました。

いつか『今日』に追いつく。『今』に追いつく。

そう考え続ける事が、『自分を信じる』って事だと、私は勝手に自分で決めました。

そうして、自分を認められる様になりました。


この記事が皆さんの1秒を、一瞬を、乗り越える1秒になっていれば幸いです。


読んでいただいて、ありがとうございました。

セックスは義務でも権利でもない。

セックスに義務も権利もなくていいと思います。
しなければいけないものでもないし、しなければ成り立たないものでもない。
セックスレスだからって、性欲が湧く事が悪い事でもない。


セックスをしないと自分はどんな感情になるのか。その人とセックスをしたいのか、セックスに至る事ができる自分という事の、確証がほしいのか。


セックスレスで悩む方も多いと思いますが、
少し落ち着いた自己分析ってセックスレスに大事だなって思いました。


こんにちは。なるよです。

今日はセックスレスについて書きます。

個人的な経験なので、正しいかどうかはわかりませんが、私は今セックスに不満はなく、夫婦は仲良く尊重し合えています。


我が家は完全にセックスレスです。

私の自己否定との向き合い、主人の不倫で様々な事があった時期から、完全にセックスは無くなりました。


セックスレスでは……と気づきはじめた頃、夫婦の平均セックス回数をネットで見たり、
セックスレスの定義を読んだり、女を磨く努力をしたり、『セックスレスあるある』はある程度しました。

なかなか切り込めなかった時、夫婦間の空気も恐ろしく重く、主人が不倫相手と肉体関係こそ無くても、かなり心を通わせている事は、主人からの話しで感じ取っていました。


私は自分から誘った事はなく、この空気と夫婦間の溝。
たとえ私から誘っても拒否をされるのは予想していました。
たとえセックスをしても、義務的なものになるだろうとも思っていました。

でも、私は『思っていた』だけだったんです。
だからこの現状をぶち破るには、傷つきにいくしかないなと、考えました。

すでに離婚もお互い意識しているくらい暗く重い夫婦関係で、恐らく主人には好きな人がいる。
私は子供達を守りたいし、これからの事を考えて生きてゆきたい。

じゃあ、やるしかない。
悩んでいる事に、1つ1つ結果を出していく。
この現状をどう収束させていいかわからないから、頭に浮かぶ事を全部やろう。
ボロボロのズタズタに傷ついて、絶対にそこから立ち上がろう。
そして繋がる道が私の進む場所なんだろう。


体当たりの消去法を自分で実践する!!


そう思う事でしか、前に進めませんでした。
怖すぎたけれど、ただ留まって俯いている事は嫌だったから。


『セックスをしよう』


私は主人に言いました。
主人は驚いていたけど、一応了承して、セックスをしました。
虚しいセックスでした。
屈辱的で、惨めな、形だけのセックスでした。

行為後、1人で泣きました。
惨めさと恥ずかしさで言わなきゃよかったのかと後悔しそうになった時、『ここで泣いてるだけじゃ今までと変わらない』と思いました。

私は主人の部屋に戻り、『勇気を振り絞って言った、もしかしたら喜んでもらえるかもしれないと期待した。こんな惨めなセックスは嫌だ。辛くて、苦しい。』

主人が怒り狂うのをわかってて言いました。

解決することより、自分の感情を吐き出す事が、私には必要なんだと感じていたから、あえて言いました。

予想通りにケンカになり、やはり問題はセックスの事ではなくお互いの事になりました。

それから更に夫婦関係は悪化し、私はそれでも自分の感情との向き合いを続けながら、主人の不倫を確信しました。

『それでも、どうなるかわからないけれど、これからの自分の為に、今私が出来る事を。』

そう思って恐怖心を抱えながら、何回も誘いました。
主人が自分の口から、ハッキリ拒否をするまで。
私に空気を読んでもらうのをやめるまで。
そこではじめて、1つの結果が出て、1つのこれからを考えられるから。


それからね、また色々ありました。
主人が相手と別れてきて、急にカミングアウトしてきたり。
夫婦で仲良くやり直そうとしても、色んな部分で拒否されつづけたり。
私が自分との向き合いが出来て、主人に依存しなくなった後に、主人がセックスをしたそうにしてきたり。
自分だけ傷つくのを怖がってハッキリ言えない主人を、受け入れる気にはなれなかったり。
そうしたらいつの間にか不倫相手の彼女と元サヤに戻っていて、2度目のカミングアウトと同時に離婚をしたいと言われたり……。


今になって思う事は、情けない思いも惨めな思いもしたけれど、やらなきゃわからなかった事で、やったから今がある。そう心から思います。

『何でこんな思いをしなきゃいけないのか』って思って良かった。
通るべくして通った道だなぁ。
それでスッキリ出来ているんだなぁ。
そう思えてます。


2度目の不倫問題から主人が戻って来た後、主人はセックスを気にしていました。
したいからではなく、するのが怖いからだと思います。

私も主人が望めば出来るけど、積極的に主人とする考えにならない。

だから私は、また最後に切り込みました。
『そこに罪悪感はいらない』と。
『私はもう、拒否をされて可哀相な、惨めな妻じゃない』と。
『周りがどうであれ、私達はセックスが無くてもお互いを尊重していける』と。
『私はあなたとのセックスに幸せを求めなくても、自分で幸せだと思える』と。

ここから本当に、セックスレスでもお互いが大丈夫になりました。
セックスに対しての緊張感も無くなりました。
しなくてはならないという、お互いの恐怖感も。

2度の不倫、離婚問題、自分達の本音をぶつけ合って、私達はお互いがとても大事な存在だと気がついた。

自分が今の自分になれたのは、正反対のお互いがいたからだと、お互いに思えました。

相手の不幸の上に自分の幸せを置きたくない。
幸せであってほしい。悲しい苦しい思いをさせたくない。

その事に自分が役立つなら、必要なら、喜んで協力しよう。

『家族として、とても大切な人だから』
『もはや、他人ではないから』
『あの人が幸せじゃない事は、自分の幸せではないから』

もしかしたら、主人はまた元サヤに戻っているかもしれないし、どこかでセックスを出来る場所を見つけているかもしれない。

でも男性に『私としないんだから一生するな』なんて、拷問だし、そんな束縛はしないでいたい。
それで彼の人生が後悔まみれになる事はさせずにいたい。

彼の心は彼のものです。
そして誰に恋をしても、私達家族を大事に思う気持ちに、信頼があります。

彼がこれから先、たとえ他の人と人生を歩みたくなっても、私達家族を無下に扱う事はない。
私達家族の、最大限の幸せを願って尽力するんだろう。
そう感じる事が出来る様な夫婦関係になれました。

そして私は、主人に受け入れてもらえなくても、自分で自分を受け入れられる様になりました。


今日も飲みに出かけてますよ(^^)
午前様でも気にせず寝れます。
酔っ払ってても、体調と安全だけ、自己管理してね〜と。


今、私はとても幸せです。
私達夫婦は、毎日おもしろおかしく笑い合っています。

そして今もこれまでの事も、主人に、とてもとても感謝しています。

もしかしたらセックスレスの1番の解決法は、セックスレスでも大丈夫になる事かもしれませんね。


読んでいただいて、ありがとうございました。

夫の不倫で自分を責める妻たちへ

こんにちは。なるよです。

今日は、ご主人の不倫でお悩み中の奥様に、お話をさせて下さい。


まず、大丈夫ですか?
ちゃんと泣いていますか?
一人で泣ける時間や場所はありますか?

お子様が入園前だったり、お仕事をされていたりすると、日々に忙殺されて、心が麻痺していっていませんか?

『絶対に泣くもんか』なんて、肩肘張る必要なんてないと思います。

どれだけ考えても、苦しくても、努力しても、事態が何も動いていない様に感じてしまう事がある。

その時に泣きたくなるのは当たり前です。
そうやって、あなたは自分自身を保っている。

その事をしっかり知ってる人間がいますって事を言わせて下さい。
あなたは恐らく、もう限界なくらい頑張っている。


不倫された妻は自分に責任を感じて、自分を責め過ぎてしまいがちだけれど、
夫婦2人の間の事です。
色んな反省はもちろん必要だけれど、自分を悔やみすぎて、悪者にし過ぎないようにして下さい。


次に、ご主人の不倫を暴いて懲らしめる『不倫』にのみ焦点が当たってはいませんか?

本当は、今の苦しみや怒りの中に、これまでの人生で感じた苦しみや怒りが入っていませんか。

自分のコンプレックスや悪い所が、この不倫であなたを苦しめていませんか?

私のこんな所が主人を不倫に走らせた。
私がこうだから、魅力を感じないんだ。
私が私だから、違う人が良くなる。

そんな自分を否定するような気持ちのみになってしまっていませんか?

どうするべきかばかり考えて、どうしたいかを横に置いてしまってませんか?


あなたには夫婦間で悪い所があったのかもしれない。
それでも言い分がたくさんあって、なかなか認められないかもしれない。


ももう十分に傷ついているでしょう?
たくさん傷つけたりしたことも、あるかもしれない。


休める時は、ほんの少しでも気を抜いて。
目をつむったり、空を見たり。星を見たり。

不思議とそれだけで涙がまた出てくるけれど、ただただ泣いてみて。
なるべく色々考えないで、『私は今泣きたいんだ』って事だけで泣いてみて。

色んな事に傷つき傷ついただろうけれど、
それだけ自分を背負える人が、極悪人のわけない。


うまくいかなかった。
でもそれは誰しもにある事。
みんな間違える事。
やり過ぎて後悔する事。
イラだつ事。
嫌になる事。
自分ばかりになる事。


後になって気がつける事。

気がつけてる。大丈夫。
毎日それだけ考えているから。


新しい関係のスタートになるかもしれない。
新しい環境のスタートになるかもしれない。

まだまだ解決する気配はなくても、
解決したい思いを持っている。 


だから大丈夫だと思います。
あなたの強さ、ひたむきさ、勇気に、めいっぱいの拍手を!!


いつもありがとう。
いつもごめんね。


誰かの代わりに伝えます。


ありがとう。あなたが笑えば嬉しいです。


読んでいただいて、ありがとうございました。

新しい『素敵な』恋の見つけ方。

こんにちは。なるよです。

今の苦しい恋にどうにかこうにか一段落着けても、自分が変わっていなければ、苦しさは繰り返しになるんだと実感しました。


それは浮気でも、不倫でも。


私の実際の例をあげさせて下さい。


主人は職場でW不倫をしていました。
お相手の女性はご主人のモラハラに苦しんでいて、初めはご主人の軽い愚痴や、共働きの大変さなどを話していました。

だんだん主人が『それはモラハラじゃないか?』『抜け出した方がいい』『苦しんでいるアイツを助けてやりたい』と思ったそうです。

そして1度目は罪悪感から別れ私にカミングアウトし、2度目の時に離婚を切り出されました。

『俺が助けてやりたい』『あいつの辛さを一緒に持ってやりたい』と。

お相手にもお子さんがいて、ご主人にはバレていません。
モラハラ問題もあったけど、子供には甘く、奥様が強く出ると怯える性格だったので、慰謝料や養育費も貰えたと思います。
主人はお子さんも引き取る覚悟をしていました。

私は慰謝料も請求しないし、ただ子供の事は大事に考えてほしい。どちらの子供も。と伝えて、離婚にその場で了承したので、不倫から結婚を望んでいる方からしたら、奇跡のような状況になりました。

これは、主人も言っていた事です。

ありえない展開すぎて、主人がビックリし過ぎていました。
我が家の方は、とても穏やかに、離婚がすんなり決まりました。

ところがそこで、彼女の不安が始まりました。
『奥さんを大事に思っているのがわかるから、不安だ』
『別れた後も子供を通じて奥さんと頻繁に会っていたら、あなたの気持ちが戻りそうで怖い。』

私の実家の事情や子供の事情があったのですが、『離婚後すぐに籍を入れないと、ウチの子供の入学に間に合わないし、間が開くとそこで何があるかわからない』

その他色々な不安や心配、不満や要求が溢れ出てきたそうです。

結局は主人と2人で話に話して、『アイツは自分の不安と心配を解消する事しか考えていない。何をしても何を言っても、自分の不安と心配でしか俺を見ていない』と、自分で別れて終わらせてきました。

最後に『最初にすんなり、離婚する、みんなそれぞれ新しく幸せになろうって言った時点で、奥さんの勝ちだね』と言ったそうです。

彼女は『自分でそう決めて』見ていました。


続いて、私の独身時代の不倫後の恋の事です。

ダラダラと不倫を続けていて、相手に対して期待も信用も愛情も無くなっていました。
ただ、自分に対しての諦めが溢れていました。『私はこんな程度の人間だ』と。
『幸せになりたいよー!!』とすら思えなくなっていた時に、恋をしました。

私は告白すらしていなかったけど、すぐに不倫相手に別れを告げました。
キッパリ、ハッキリ。迷いなどなく。

また恋を出来た自分が、嬉しくて仕方なかった。その気持ちを大事にしたくて、彼女がいるとわかっていたけど、告白をしました。
すっぱり振られて、新しい自分になろうと思ったんです。
予想通りにきれいにふってくれて。
私は自由に恋が出来た事で、満足していました。

でもそれからすぐ、彼から言われました。
『本当はお前の事を、気になっていた』と。

不倫で懲りていた私は『自分のけじめの為に告白させてもらったけど、また誰かの2番目になるつもりはない。初めから、諦めるつもりで告白している』と言いました。

そして『本当は彼女とずっと別れ話をしてるんだけど、メンタルが弱くて自殺未遂とかをする。別れたいけど、別れられない』と言われました。
『でも俺もお前となら幸せになれる気がするから、待っていてほしい』と言われました。


そして私は了承をしてしまったんですね。
『寂しさ』『幸せへの飢え』『抜け出せ無い苦しさ』に共感をしてしまいました。
共有して、半分受け持ってあげたいと思ったんですね。助けてあげたいと。
でも本当の事が何にもわからないままで、引っ張られる様に、また不安と心配と自信の無さに戻って行ったんです。


誰かを助けられるほど、私は強くなかった。
誰かを愛情で満たしてあげられるほど、私は自分を好きではなかった。

私は相手に必要とされたくて、そんなのは嫌だと言えなくて、不倫してた時と同じ我慢と劣等感を、また繰り返していました。

また機会を作って書きますが、最終的にドロドロのグダグダで、この恋は切り捨てられました。


結局は私の、主人のお相手の彼女の要求したいものが何も変わっていなかったから、相手は違えど、同じ思いをするんだなぁと思いました。

自分の心は『専用磁石』だと思います。
どんな場所でも相手でも、本心が出てくるように、あなたの本心専用の喜怒哀楽を引きつけると思います。

『こんな事望んでない!これは私の本心じゃない!』って思う方も、もちろんいますよね。

でも苦しい時、情けない時、『だけど実は私って所詮こんな人間なんだ…』とか『どうせ私なんか…』『やっぱり私は……』『私ばっかり…』と『実は隠している』本音が出てきませんか??


『願い』と『本音』は少し違う気がします。

願いは、まだ手にしてないもの。
お願いします。こうなりたいですって思っているもの。

本音や本心は、今、自分をどう思っているか。
今の自分はどうなる程度の自分だと感じているか。

あなたが頭で抑えつけて閉じ込めようとすると、本音は出てきたいもんだから、専用磁石でガッツリくっつけます。

同じパターンが多い方、相手が変わっても、あなたの怯え方は同じではないですか?
不安や心配は同じではないですか?


どんなものを専門に引っつけたいですか?
あなたの心は、何を感じる専用にしますか?


それが『幸せ』や『愛情』や『喜び』なら、
本音を変える様にするしかない気がします。

今の自分をどう思っているか。
今の自分はどうなる程度の自分だと感じているか。


毎日生きてて全てをガラリと変えるなんて、なかなか出来ない。

その中で何かを変えられるとしたら『自分の気持ち』しかないのではないでしょうか。

これで一部分変わってるから、『同じパターン』では無くなりますよね?


さらさらと書きましたが、物凄くしんどい作業なのはわかっています。
簡単に出来ないから苦しい事もわかって書いています。


だけど私は、あなたも変われると思っているから書いていて、その専用磁石にくっついてくれたあなたは、これからきっと自分を好きになってゆけるんだと思います。

そして、新しいだけじゃなく、新しくて素敵な恋を見つけて下さいね。


読んでいただいて、ありがとうございました!

辛くて苦しい不倫をしている人へ。

不倫への批判が、本当に物凄いですね。
確かに色んな人を悲しませるケースが多いと思いますが。

どうしてもテレビのインタビューやされた側の主張は『したことがない』人のみの意見が圧倒的なので、批判ばかりなのは仕方ないのですが。

不倫中、不倫後の言動、振る舞い、仕打ちにおいて、その人その人の人格や行いに非難が集まるのはわかります。
人となりが出る事ですから。

ですが既婚者は、もしくは既婚者に、恋をする感情そのものが不潔みたいな風潮を見ると『既婚者の恋』自体が、そこまで悪かなぁと思ってしまいます。

『結婚してるのに、他の人を好きになるなんてサイテー!ありえない!!』と聞いた時は愕然としました。

結婚してても人間ですからね〜……と。
結婚してるのに恋をしてしまうと、人間として『最も』『低い』、『最低』になってしまうのでしょうか。
物凄い束縛や偏見に感じます。


自分が独身時代に不倫をしたから言うのではありません。
主人が2度の不倫をした後の、今だから言います。


する時はしてしまう。落ちる時は落ちてしまう。


こればっかりは、経験した人にしかわからないのではないでしょうか。

それを言ってしまうと、なんにしてもそうですけどね(笑)大きな事から小さな事までね。

私は、人間の感情で1番コントロールがきかないのは恋愛感情ではないかと思っています。それが依存であっても禁断であっても、どんな立場でもどんな状況でも。

繰り返しになりますが、
する時はしてしまう。落ちる時は落ちてしまう。

そこに何の意図も策略も無いと思います。

相手の誰かを求める心の隙間が、自分の心の凹凸と合ってしまった時に、突然、加速度的に、物凄い熱を伴って、不倫は始まってしまうのではないでしょうか。


そこからですよね。
恋に落ちた後、どうするのか。
きっと批判する方は、『そこで理性を働かせろ!!!』って事だと思うのですが、心が大暴走してしまうと、頭は追いつかないですよね。

普段は自分でコントロールしているつもりになっている心。

普段から自分の心に正直に、素直に、己の幸せを軸に考える事の出来ている、心とスムーズに繋がっていられている方は、冷静に考えられるのかもしれません。

心は大暴走しないのかもしれません。

でも普段から心の本音を見てみぬフリして、抑えつけて、心が苦しくてパンパンになっている方は、
頭でばかり解決しようとしている方は、ここで心の大暴走が始まるんだと思います。

もう歯止めが効かないくらいに、怒濤のごとく感情が流れ出すのではないかと思います。


心の凹凸が埋まるんですもん。
そこにはスッと入る隙間があるんですもん。


あなたに本心を抑えられ、居場所が無くなっていた心は、がむしゃらに走って行ってしまいますよね。
逃げ場に。現実逃避しに。


そして不倫が始まって、見たくないものをみる。
自分が無意識にしまっていたもの。

苦しさや醜さ、惨めさや情けなさ。

こんな自分でも愛されるんだって思いも、やっぱり私は駄目なんだって思いも。
私はこんな人間だったんだって思いも、やっぱりこんな人間なんだって思いも。


不思議と自分のコンプレックスが赤裸々に暴かれる人が多いんじゃないかな。
実は不安だけど、なんとか大丈夫だと思っていた部分が、やっぱり大丈夫じゃない事を見せつけられる事が多いんじゃないかな。


見るべくして見せつけられる。
落ちるべくして落とされる。
心は本心を出したくて逃げてるから。


だからある意味『運命的』っていう言葉も間違いではないと思っています。

結婚できようが、捨てられようが、苦しかろうが、ボロボロだろうが。


心が求めてた叫びが、あなたが感じ取るのをやめた感情が、全部出てきているんですから。

幼い頃の家庭環境、人間関係のトラウマ、焼き付いてしまった恐怖、自分を信じられない気持ち………。


たかが不倫、されど不倫。本当に色々出てきますよね。喜怒哀楽がもれなく、くまなく。


そしてそのドロドロの感情を認めたくなくて、自分を見失って、抜け出せなくなって、心が聞いて欲しがっている感情を不倫前の様に押さえつけたり、押し込めたり。
そして心はまた麻痺をする。


だけど逆を言えば、視点を変える事が可能なら、この不倫で全部クリアできるかもしれないって事です。
今の自分のままで、生まれ変われるかもしれないって事です。


本当に難しくて辛くて厳しい事だけれど、相手ではなく、出てくる自分の感情と立ち向かって、向かい合ってゆくと、本当に何にも変わっていない自分で、全然違う自分になれます。


そんな事あるわけないって思っていた私が経験者です。


あなたの全部が変わるから、現実が変わって見えます。
何にも変わっていないのに、まるで違う世界になります。


今、それを胡散臭いと思う気持ちも当たり前です。


けれど昔にあなた自身が鍵をかけたランドセルから、そこに問題集が出てきているなら、後回しにせず問いてしまった方が、幸せは最短でくる、そう思います。


これを読んで、今は気持ち悪いとか胡散臭いとかわけわからんとか思えても、ずーっと後になっても構わないので、
『こんな事を言ってるヤツもいたな…あれはこーゆー事なのかな』って、ふとした時に少しだけよぎる、そして少しだけわかる…
そんなモノになれたら、幸いです。


『もう嫌だよぉっ…』って泣く毎日から、
『抜け出して幸せになる!』って決めてみませんか?



読んでいただいて、ありがとうございました。

惨めな自分を惨めな自分と思える事は勇敢だ。

惨めな自分を惨めな自分と思える事は勇敢な行為です。


突き進むだけが勇気じゃなくて、
留まる事も、その場で踏ん張っている事も、逃げる事も、離す事も、放す事も、言わない事も、伝える事も、自分の心に湧き上がった『こうする』『こう有りたい』をやっている人は、みんな勇気を出せているんじゃないでしょうか。

みんな勇敢な決断をしているんじゃないでしょうか。


正しい事だけ考えると苦しくなります。
丸く収めようとすると怒りがわきます。


自分勝手な行動も言動も、1つの勇気。
誰かに何かを言われても、誰かを何かを傷つけても、自分の決断だと受け入れながら進めるなら、自分が納得しているなら、それは自分を大事にしたという事。大事に出来たという事。


そうすると不思議とね、後悔は湧かないと思います。


本当はどうしたいかわかっている人は、多いと思います。
『でも』そんな事できない。
『だって』これがこうだから。
そうやって、隠してる。気づいていないフリをする。


当たり前です。怖いもん。平気で出来ることなら悩まないですよね。
でもその状態も、八方塞がりで苦しい。


だったら何かで誤魔化そうとしないで、その場をしのごうとしないで、自分が『本当はこうしたい』と認められる本音に行き着くまで、それを隠している自分のガードが外れるまで、自問自答するのもありなんじゃないかなぁと思います。


『私は恥をかきたくないんだ』
『私は傷ついて、動けなくなるのが怖いんだ』
『私は自分を惨めにしたくないんだ』


やらない理由を誰かや何かのせいにせず、自分の見栄やプライドを確認してあげると、すごく考えがシンプルになりました。


誰かに責任をなすりつけている様な後味の悪さも、無くなりました。

そこでどう決断するかで、変わっていくのだと思います。

そして、怖くて出来なくて、当たり前なんだと思います。
何にもおかしくない。弱くて駄目なわけでもない。

じゃあ、なんでそんなにそれが怖いんだって、また自問自答が始まりますが(笑)


その繰り返しで、自分に納得が出来ていくのではないでしょうか。
そうすると、やってみよう、動いてみよう、傷ついてもいいからって思えてくるのではないでしょうか。
傷つけてたとしてもって思えるのではないでしょうか。

だって傷つけたくないのは、傷つけたっていう傷を自分につけたくないから。

傷つきたくないのと、変わらないです。


自分の弱くて脆い部分をガッツリ認める事も、勇気だと私は思います。
過去と向き合って、後悔を確かめて、自分の今までを認めていくのも勇気だと思います。
自分の今現在をそのまんま認める事。
怖がってちゃ出来ない事ですもん。
1つの勇敢な選択です。


惨めな自分を認める事ができたなら、
幸せになりたいって気持ちも、素直に認めてみませんか?
幸せを望むのも『勇敢な行為』です。



読んでいただいて、ありがとうございました!

不倫で困ってる、既婚男性に告ぐ。

こんにちは。なるよです。
今日は主に不倫をしている既婚男性向けに書きます。
本当に有名人の不倫話が多いし、私のまわりでもご主人の不倫話、あります。


マスコミの様に男性を責めたいから書くのではなく、独身の頃の不倫、夫のW不倫(同じ相手に2回、2回目は相手を助けたいから離婚してほしいと言われました。)、経験者として、女性側がプライドや惨めさなどが邪魔をして、なかなかさらけ出せない本音を知ってもらう機会になればと思い書きます。

両方の辛い気持ちは、十分にわかってるって方も、種類はわかっても、深さは目の当たりにしたことはあまりないのでは??


私が書くことが全てのケースでは無い事は重々承知していますが、自身の経験、周りの経験者の話、奥様や不倫相手の方との関係を考えるのに、参考にでもなれば幸いです。

想像通りか、予想以上か、では、参ります。


まずは妻、彼女、共通として、当たり前のことですが、すっっっっっごい苦しいです。
特にお子様のいる奥様は『生き地獄』だと思います。

子供の為を思うと、逃げ出せない。
その子供は二人の子供なのに、一方的に背負わされている感覚。
でも絶対に傷つけたくないから、笑うんです。

女としても人間としても、全否定された様な気持ちの中、なんとかなんとか毎日自分を立ち上がらせて、どこにも寄り掛かる所なんかなくて、毎日朝が来るのが、目が覚めてしまうのが苦しくて、仕方ありませんでした。

ゴールが見えなくて、でも引き返す場所なんかなくて、自分が家庭を守らなくては!!って夫婦二人で背負うものを一人で抱え込んだ気持ちになって。

気が狂いそうって本気で思いました。
のたうち回るって事を体感しました。
だけど私は『母親』だから。逃げない。逃げたい。逃げる場所なんかない。
逃げる事は許されない。だって、守りたいから。だけどあの人は拠り所を作ってる!

妻からしたら、あなたと不倫相手は『二人』です。孤独な中、あなたたちは寄り添い合っているんだと、惨めで情けなくて悔しくて、でも自分を責めて、プライドもズタズタで、それを伝える事も惨めで。
やり場のない怒り、向き合わない夫、ずっと濁され、スルーされ、背中を向けられる虚しさと許せなさ。
だけど、それが自分にも責任があることを嫌でも見せつけられる苦しさ。

その苦しみの真っ只中のどこかで、夫は女を抱いている。

家族の前では泣くことが出来ず、でも涙が溢れてくる。
背中で隠してキッチンで、野菜を切りながら泣いてます。
トイレでも、布団の中でも、お風呂でも、涙が流れてなくても。

あなたの食べている夕食には、奥様の涙が入っています。

あなたが見ている奥様は、よく見てみると今にも崩れる寸前ではないですか?



不倫相手の独身女性の気持ちを書かせて下さい。


あなたがどれだけ好きだ言っても、
妻を悪くを言っても、褒めても、会っても、抱いても、いつも不安にかられます。
いつも『誰よりも大切』にはなれないんだという劣等感があります。


自分はずっと選ばれない人間、という感覚です。


不倫関係の中だけに留まらず、仕事や、他の人間関係にも大きく影響します。
『結局私は……』が、日常まで侵食してゆきます。

いつも気後れしていて、いつもやりたい様に出来ず、自分はきっと幸せになれない人間なんだ……と自分を自分で否定してゆきます。


彼女からみて、あなたと奥様は『二人』です。あなたが何を言ってもしても、あなたと奥様が二人。自分は一人。
堂々と優先順位の第一位にはなれない。
なってはいけないというレッテルも張られている。


私が電話をできなくて、メールを我慢して、寂しくて、苦しくて、週末に家で一人で泣いている時、あの人は家族と過ごして笑っているのか。妻とはもう冷めてると言いつつ、本当はセックスをしているんじゃないか、私を大事だと言いながら、都合の良い女だと思っているんじゃないか、ずっとこのままで年をとったらどうしよう。抜け出せないまま、あの人だけがバランス良くやっていくのか。私はそれに耐えられるか。でも疑っちゃいけない。例えそうでも、文句は言えない。だって私は『不倫相手』だから。


猜疑心が強くなります。卑屈になります。
そんな自分が嫌になります。
なんの正当性も自分にはないから、余計に汚くて情けなくて、どうしようもない気持ちになります。
でもあなたの前では強く出れない、言い分をいえない自分が惨めになります。
もう、自分は幸せになれないんだ、なっちゃいけない人間なんだと未来への気力が湧いてこなくなります。

自分はセックスだけの対象なんだと感じる事って、言い様の無い虚しさです。空っぽの、文字通り穴の扱いな気がして。

あなたが現実逃避をしている彼女は、突き付けられる現実に苦しんでいます。


妻、彼女、両方に言える事ですが、『待っている』時間って、本っっっっっ当に辛くて長いです。


彼女達には彼女達の、元々の心の問題もあるのでしょう。
あなたにはあなたの、主張や苦しさもあるのでしょう。
そして責任は、三者三様、それぞれにあると思います。


ちょっとぶっ飛んだ話になるかもしれませんが、本当に両方を大事に出来て、尊重できて、それが相手に伝わっていて、どちらとも穏やかで、お互いがお互いの為に、それぞれ心を許し合っていて、上の様な気持ちになっている人がいないなら、不倫ってしても良いと思うんです。


けれど、もしそうではないのなら、見てみぬフリをしていたりしませんか?


あなただけが悪い、妻とは別れるな、彼女とは別れろ、誰も傷つけるな、結婚しているんだから我慢しろ、なんて言うつもりは全くありません。

不倫に至るまでの夫婦関係もお互い様で、不倫を始めた彼女との関係もお互い様で、フェアなはずですから。


けれど、どっちも苦しんでいるのをわかっているのに、自分はドロドロには足を入れないようにはしていませんか?

話をしたい妻から、引き止めたい彼女から、
うざったい、疲れてる、いい加減にしてくれって、自分だけが被害者の様に振る舞っていませんか?


あなたの言い分もハッキリ言っていいと思うんです。
あなただけが全て悪者って事は、なかなかないと思うんです。


家族と向き合わずに始まってしまった不倫だとしたら、まず向き合う事が、大事なのではないでしょうか。


恋に落ちてしまって始まった不倫なら、彼女の苦しみが手に取る様にわかる様になってしまったら、お互いの出来る事と出来ない事をさらけ出し、これからの方向性を見出してあげる事はできないでしょうか。


そこにあなたの本音や願いも十分に考慮して。
相手の本音や願いにも耳を傾けて。


ここに書いた様な関係になってから、何かによって誰かによって、自然と穏やかに解決してゆく事は、なかなか難しいと思います。


なるべく罵り合わず、傷つけ合わず、『なぜ相手はそうするのか』『なぜこんな風になってしまったのか』『どうすれば良くなってゆくのか』
それがどんな結果だとしても、全員が『再スタート』を出来る場所に辿り着つけるようになればいいですね。


そして、罵りあったとしても、傷つけあったとしても、自分だけは他人事の様に………は、どの立場の場合も、よく考えていただけたらなぁと思います。

読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

『今』『この瞬間』どこを向くか。

『今を生きる』
よく聞く言葉だと思います。

これまで、誰かの話の内容に納得が出来ても、実感がまるで伴いませんでした。


辛い事もたくさんあったし、それでもここまで生きてこれた事の、感謝はある。すごくある。

限りある命だから、今この瞬間を大事に。

ごもっともだけれど、それが自分の心の内側から、感情として沸き上がってきた実感は一度もありませんでした。


本当に、降って来るように感じる事が出来たのは、少し前の事です。


本当に突然、晴天の霹靂のように、今の生活がひっくり返る出来事がありました。
住む所も、お金も、家族も、時間も、今の自分を保っている全てを、諦めなくてはいけない。
私の知らない所でそう決まっていました。
そんな状況に、笑っちゃうくらい突然になりました。


主人がW不倫の相手と別れ、自分からカミングアウトしてきたその後半年ほどして、不倫相手とやり直して結婚して、助けてやりたいから、離婚してほしい。

もう、二人の間でそういう話になっている。

そんな2回目のカミングアウトでした。

その時の心情や状況は、また機会があれば書きたいと思ってますが、私は『いつもあるもの』『普通に繰り返される事』を失う事になりました。


怒りは湧いてこなくて。
どうしてこうなったのかも理解出来ていて、
これがお互いの本当の幸せに向かう自然な形なんだろうとも思えた。
でもただ、こうなってしまった事が少し悲しかった。
子供達の事もありますしね。
私は笑えたし、前向きな気持ちになれたけど、たくさんの寂しさが心に広がっていました。
それでも、これがなるべくしてなった事だから、進もうと思いました。


当たり前の様に次の日はやってきて、用事をこなす中で私は人と笑い合ったり、冗談を言ったり、今までと変わらなかった事を今まで通りに過ごしながら『こんな風に過ごす事も、もう無くなるんだな』と頭をよぎりました。


『当たり前だった事って、本当に突然、当たり前ではなくなるんだな』
『それが誰かの意思で、突然やって来てしまう事が、現実に起こるものなんだな』
そんな風に感じました。


少し泣きそうになりながらの帰り道、急に
『ああ、これが今を生きる、今この瞬間を大事にって事なのかもしれない』と実感として湧き上がってきました。


もう少ししたら、今の私をとりまく環境は一変するだろう。
流れにどれだけ逆らっても、それは止められないだろう。

だけど『今、この瞬間』、私は当たり前だった毎日を大事に思えて、それがありがたいと思えて、この瞬間に笑う事が出来ている。

怖いけど、不安だけれど、それに溺れずに、それでも幸せになろうと思えている。
それは気づいていないだけで虚勢なのかもしれないけれど。

今まで、良し悪しに関わらず、起こる出来事に感謝をする気持ちは持てるようになってきていたけど、
何も起こっていないように見えるこの日常を、今この瞬間の自分を保っている状況を、ありがたいと感じられていなかった事に気づきました。

この事に気づけた事が、嬉しかった。
ありがたいなぁ、と感じる事が出来ました。


悲しい事が起こっている。
これからの事を考えると、不安で怖くて仕方ない。
けれど『たった今』『この一瞬』は、まだ何も変わらず平和だし、ご飯も食べれてるし、穏やかに眠る事も出来る。


起こる予定だけど、まだ起こってないこれからより、
まだ強く痛みが消えず、まるで昨日のように思い出せる過去より、
辛い中でも苦しい中でも、たった今、この一瞬の事を考える。


今、この瞬間に、何を思うかを決める。


ただ、それに気づけても、不安や怖さが消えるわけではなくて。
先の事を考え出すと、もうそれが始まってしまってるかのように想像が広がり、苦しんでる自分になる事もあったけれど、
『ああ、違う。今、私はまだここにいる』
『今、この時は、前向きでいられている』


この一瞬に、どちらを向くかを自分で決める。明るい方を見ると決めるか、暗い方を見ると決めるか。
その瞬間瞬間の選択で、未来が成り立っていくものなら、私は自分から暗い未来を積み重ねたりしない。

毎瞬毎瞬が二手の分かれ道で、光と闇に分かれている。
私は毎瞬毎瞬、明るい方の道を選ぶと決める。
具体的になんて考えられなくてもいい。
理由なんかみつからなくてもいい。
今この瞬間に、明るい気持ちでいる事を選ぶ。
怖くて不安なら、怖くて不安でも明るい方を選ぶ、と決める。


強引かもしれないけれど、そうやって暗く沈みそうな気持ちを、なんとかなんとか保っていきました。


未来は自分で変えられるって、きっとこういう事だと、自分で勝手に決めながら。


不安が出てくる度に、怖さに負けそうになる度に、1回1回、確認をしながら。


怖い、苦しい、悲しい。それは間違いなくある。でも、少し笑える。少しだけでも笑うと決める。
明るい選択をずっとし続けているから、状況は変えられなくても、このまま全てが変わっていっても、私は明るい方を向く選択を繰り返していけると、信じる。


どの状況でも、明るさを探せるようにしていこう。


実家も誰も頼る事が出来なかったあの状態で、そう考えられる自分に、今までの『自分を認める』『自分を受け入れる』だけじゃなくて
『この考え方の自分は、とても好きだな』と思えました。


これが私の感じた『今を生きる』です。


そして今、私と主人は夫婦として続いています。とても明るく、楽しく、子供達とも仲良く過ごしています。


さっきも書きましたが、これは本当に色んな事が複雑に絡み合っての事なので、またうまくまとまったら、何回かに分けて書かせて下さい。


賛否両論、人それぞれの感じ方はあると思いますが、私はこの感じ方、考え方が出来て、また随分、物事の見方が変わった気がします。


皆さんは、どんな風に『今、この瞬間』を感じて、選択していきますか?


今日も長い文章、私の個人的な感じ方、経験を、ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

『幸せになる』と決める勇気。

こんにちは。
今日もフラリ気ままに、読んでいって下さいね(^_^)/

えっとですね、以前、よく襲われてた感情なんですが…

誰かの生きる姿勢に胸を打たれた時、
誰かの揺るがない信念を感じた時、
誰かが真っ直ぐを見据える眼差しを見た時、
誰がが過去を悔やまない姿を見た時、


その言葉を聞いて、文章をよんで、同じ様に思えない自分がひどく情けなくちっぽけに、空っぽにゴミのように思う時がありました。
普段はうまーく隠している劣等感をさらけ出されるような。
胸が締め付けられてたまらなかった。


その誰かと同じ様に世界を感じられない事とか、その誰かと同じ様に人を見れない事とか、その誰かと同じ様に自分を信じられない事とか、もう、苦しくて苦しくて。


書きながら思ったけれど、その人達はみんな、もれなく輝いてみえていました。
私は羨ましくてたまらなかった。


洋服を買っても、美容院に行っても、欲しいものを手に入れても、私が持つとなぜこんなにも色褪せてしまうのか。

あの人達は何をやっても、なぜあんなにも幸せそうなのか。


努力をすれば変われるのか。
だけど、その熱量はどこから来るのか。
どうして私は、変わりたいのにその熱量が湧き上がってこないのか。
そして瞬間的に湧き上がっても、なぜすぐに諦めてしまうのか。


疑問だらけでした。誰に聞くことも言う事も出来なかった。甘えた考えだと、見透かされそうで怖くて。
誰かに聞ける人も言える人もいないと思っていました。


そうやって、子供の頃からずっと自問自答してきたんです。
もちろん、子供の頃は漠然と感じていただけですが。


それでね、何年も何年も長い間繰り返して、抜け出せない自分にどんどん嫌気がさしていって。
いつまで悩めば答えが出るんだろうって、ふと思ったんです。
いつまでも悩んでたら、答えなんて出ないんじゃないかって思ったんです。


もしかして、先に決めて、そこに向かってくしかないんじゃないかな…?と思い始めて。


何を決めて、どこに向かっていけばいいのかな…と考え始めて。


じゃあ、私はどうなりたいんだろうって考えてハッとしました。

頭の中でハッキリ考えてしまう事すら抵抗があった。

『し、幸せ…に…な、なりたい…???』


『幸せになりたい』…のか、私…!!


けっこうな衝撃がありました。
『ああ、ここから抜け出したいって、幸せになりたいってことなのね!!!』って、一見わかりきった事に目から鱗が落ちる気持ちでした。


じゃあ、幸せになるには、どうしたらいいのか…
何を持っても買っても手に入れても、きっと私はまた沈んだ気持ちになるんだろう。


自分を好きになるしか、きっと解決できない。

結局ここなのね………と。


自分を好きになる。自分を褒めてあげる。
自分を認めてあげる。自分を受け入れてあげる。


多分、このブログを読んでくれている方はわかると思いますが、
これ、けっっっっっっこう、難しいですよね。

自己嫌悪が強くて、なんとかしたい!って思ってる方は、『自分を愛する』ってよく聞くと思うんです。
それはきっと、みんな知識としては知ってるし、それが出来れば抜け出せる事はみんなわかってる。


でも私は何度も試そうとしましたが、すぐに疑問が湧くんです。

『私、こんな奴なのに?』
『何ももってないのに?』
『何も出来てないのに?』


『ほんとにそんな事思っていいの???』
『だって、私だよ……???』


ここからがまた長い自問自答です。
私は、自分を好きになると決めるのが怖かったんです。
やってみて続かないんじゃない。
やってみる事すら怖かった。
その領域に、足を踏み入れるのが、怖ろしくて仕方なかった。


始まってしまったら、戻れない気がしていました。
間違いなく、これまでにない心の葛藤が始まって、ズタズタのボロボロになるんだろうなって、何となくだけど感じてた。
だから、始める勇気を出せなかった。


そうやって考える日々の中で、また人と関わって勝手に傷ついて。
自分なりに処理をしていって。


少し自分を保てる気がしてきた時、大きなね、私にとって傷つく出来事があったんです。
うまく自分と向き合えない中でも、なんとかしたいと思っている自分を、全否定された様な一言があったんです。


そこでまた、なぜこんな風になってしまうのかと考えながら、もうこんなループは嫌だと強く強く思って。


嫌になるのも嫌になったんです。


らちが明かないなって。
やるしかないんだなって。
これを越えなきゃ、ずっとこの苦しみが続くんだなって、実感しました。


今でも鮮明に覚えています。

すっごい自分の内側が震えてる感覚になりながら、何かが噴き出す直前の、危うさの塊みたいな、でもすごく強いエネルギーみたいなものを感じながら、はっきり、ゆっくり、今までになく強い感情で、私は私に宣言しました。


『絶っ対に幸せになる』

『絶っ対に自分を好きになる』


これだけは忘れるな、絶対に絶対に、絶対に叶える。



長くなりましたが、ここから私の戦いが始まりました。この時を待っていたかの様に、物事が動き出しました。全てが変わってゆきました。
それはまた、書いていけたらと思います。


何が言いたかったかといいますと、
全部を揃えてから足を踏み出す事は出来ないって事です。
問題を全てクリアしてからスタートをきる事は出来ないんじゃないかな、と思います。

完璧な人間になってから自分を認めるのは、
おそらく不可能なんじゃないでしょうか。


決断って、勇気がいります。勇気の出てくるタイミングも、それぞれだと思います。
私から出たのが勇気かどうかすら、私にもわかりません。
だけど私は、以前とほぼ変わっていない自分が、今は大切です。

スイッチみたいにカチッとオンになる時がある。

いつかはわからないけど、それは『自分が嫌いでどうしよう』と考える気持ちから『自分を好きになる』事を、自分にも起こせる事だと考える所から始まるのではないかな、と思いました。

私の主観がたくさんたくさん混ざってます。
読んでいただいて、色んな感情で、色んな事を思い、その中でこんな文章も書いてあったな、と思ってもらえたら幸いです。


読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

母さんへ。

幼い頃、母はよく私に言いました。

『人は何を思うかわからないんだから、家の事を言ったりしたら、あんたが見下されるんだからね』

母は我慢の人でした。
幼い私から見ても、ひたすら我慢の人でした。

ふとした時に見せる深く暗い表情に『なんとか笑ってほしい』とペラペラ喋り続けた事をよく覚えています。

その内の1つが当たり、母が笑った時の嬉しかった事を覚えています。

なかなか作り笑いを崩せず、内心焦りながら必死で話していた事を、覚えています。

私の生まれた家は、ずっとお金に困っていました。

親戚も周りにたくさんいたけど、親戚達も、お金にずっと困っていました。

母は結婚した土地から、生活に困り仕方なく父の実家の目と鼻の先に住み、住む所も祖母に決められ、監視され、父は出稼ぎの様な状態で、年に数日しか家にいませんでした。

出稼ぎの様な状態でも、家にお金はあまり入りませんでした。

母は父方の、我の強い親戚の中で、自身の実家には恥ずかしいから戻ってくるなと言われ、父の顔色を見ながら、父がいない家で、働きながら内職もして、私と兄を育てました。
恐らく、逆に父にお金を要求された事もあったと思います。

父は優しかったけれど、母の苦しみから、目を背けている人でした。

父も母も、自分を愛せずに大人になった人でした。
誰かに愛されたい人でした。
深い深い寂しさを胸に抱えたまま、大人になった人達でした。

私の目に映る母は、いつも張り詰めていて、なんとか立っている人でした。
『倒れるわけにはいかない』ただそれだけで自らを奮い立たせている人でした。
そしてそれが、いつも辛そうでした。

狭い街の中の、町内でも有名な気の強い祖母。そして、そこに集まる貧しい一族。

違う土地から入ってきた母だったからこそ、周りにどう見られているのかがわかったのではないかと思います。

事実、従兄弟を含め、私も『あの家の子は…』という様な扱いを受けた事もあります。

だけど、大人になった今、あの状態だと警戒され、色々言われるだろうというのも、理解ができました。


私は母が親戚達と大人同士の会話をした後の、暗い顔がいつも印象的で、子供心に心配になったのでしょうか、一度母に聞いた事があります。
6、7歳の頃かなぁ。

『どうしたの?何か辛いことがあったなら言って?』こんな言葉だった気がします。

母はハッとしてすぐに表情を変えました。

『なんでもないよ。大丈夫だよ。』

その瞬間が衝撃的でした。

『あ、この人今、子供用の笑顔に変えた』
『私が子供のままじゃ、話す事も出来ないんだ』
『もっと大人の会話もわかるようにならなきゃ』
そうハッキリと、強く感じました。

そこから私は『大人だったら』『優しい人だったら』『物分りの良い子だったら』どんな風に振る舞うかを考える様になったと思います。

私は母を守りたかった。
私は母が大好きでした。

あの人に笑ってほしかった。
あの人に幸せになってほしかった。
あの人はいつも、私と兄の為に一生懸命だったから。

強い強い人だと思っていた、とてもか弱いギリギリの母は、私達を守りたいと思っていた事は確かだったから。

小学校も高学年になると、どんどん家の事がわかるようになってきました。

私も母の理解者になりたくて、違和感を覚えた事は聞いていきました。

『わからないようにしてても、何かおかしい事はわかるから、だったらちゃんと話してほしい』私はそう言いました。

母が一人で抱えようとしていた事を、話してくれるようになって嬉しかった。

だけど同時に『恥ずかしい事だから』『情けない事だから』『人にバカにされるから』『どこで誰が何を言うかわからないから』
だから人間にはいつも気をつけなさい、と言われました。

『簡単に信じると本当に痛い目にあうからね』
『人は簡単に裏切るものだから』

母は母なりに、私を守りたくて必死で教えました。
私は傷つきたくなくて、それをしっかり守りました。

私は今、母の教えを破っています。
ずっとずっと、誰かに自分の苦しさを言いたかった。

ずっと大人になってから言えない苦しさに気がつき、少し誰かに言う時も、怖くて、心臓がバクバクして、物凄く悪い事をしているような罪悪感に苛まれました。

少しでも話した夜は、取り返しのつかない事をしてしまった様に気になりました。

今も強く残ってはいますが、かなり客観的に考えられる様になった気がします。

私は母に背く事で、弱さを見せられる様になりました。

母は今でも苦しんでいます。
誰にも心を許さないと決めていて、そこから抜け出せずにいます。
私は母を助けたかったけど、思春期から大人になり、お互いに苦しみ、そして最近になってやっと私は母を救えない事に気がつきました。


私は私を救い、私自身を進ませるしか出来ない。
母の、そして家族の為に自分を押し殺すと、憎んでしまう、負の感情が止まらなくなってしまう。
それじゃあ苦しみがただ広がっていくだけだと思いました。


『幸せ』を感じる人数を増やすんだ。
誰かを助ける前に、まず自分が『幸せ』を実感するんだ。

そう決めて、私は家族から離れました。
生活も苦しいと思います。
心の支えもいないと思います。

だけど、じゃあ私がなんとかします、は、もう出来ない。
もう恨みや憎しみに取り憑かれたくないと思ったんです。

私は逃げました。
自分を負の連鎖に無意識で巻き込もうとする、家族のその手から。
力の限り振り解いて逃げました。

卑怯者かもしれません。

だけど私には守るものがある。
この一族の、怖いくらいの負のスパイラルを私で止めるんだと、終わらせなきゃと、まだ10代の頃に思ったのを思い出しました。

母が私を守るために人の怖さを見せた様に、教えた様に、
私も私の守りたいものの為に、母とは真逆だけど、私の子供達に見せてゆきたいと思います。

私はいつでも自分の幸せを考えてると。
出せる感情は出してしまえと。
誰よりも自分を大切にしてねと。
何も出来ないけど、ごめんねよりありがとうと。
あなたなら大丈夫だと。
心配ばかりするなと。
楽しい事ばかり考えてと。

想いとは裏腹に、苛立ったり怒ったりするけれど、誰よりも愛していると。

未熟な私だけれど、少しでも伝わる様に、心を込めてゆきます。

この記事を書く事は、ずいぶん迷って怖かったです。
母の教えはまだまだ染み付いているから。

だけどもう母のせいにはしたくない。
私は私の心の壁をぶち壊そう。
そう思って書きました。

長くなってしまい、ごめんなさい。
読んでくれた皆さん、ありがとうございます。

最後に、
どうか母が自分を愛せますように。
どうか母が幸せでありますように。
どうか母が過去を憎む事から抜け出せますように。
毎日を小さな幸せで満たせますように。

この文章を読む事はないと思うけれど、
あなたを突き放した娘は、いつもいつも祈っています。

許してくれなくてもいいから、どうか幸せでいて下さい。


そして、一度だけ言わせて下さい。
あなたの努力を全て見てきた上で、一度だけ言わせて下さい。
これをあなたに言わなければ、私は進めないと思うから。


『母さん、本当はね、いつもいつも、ずっと不安で寂しかった』

母さん、意地悪言ってごめんね。
言わせてくれて、ありがとう。

いつでも自分の中心を基に。

何か動揺する事があった時、いつも出来事に飲み込まれたり流されたりしてしまっていたけど、最近はその最中でも自分の中に留まれる様になってきました。


子供達が立て続けに体調不良を起こして、てんてこ舞いの時。
ご近所さんと世間話をしている他愛もない時。
主人と口論になって、空気が悪い時。
上の階の住人の騒音が、いくらいってもやまない時。

引っ張られない、引っ張られない。
私のど真ん中には大きな木の様な柱の様な、軸みたいな感覚のものがあって、どこかに感情が持っていかれそうな時は、その木に背中をつける感覚で自分の外側をみるようになりました。


私は霊感があると言われる事がありますが、いたって普通で、特に何か見えたり聞こえたり感じたり出来る訳ではないので、あくまで感覚、ですが。


でもまだまだ未熟者で、子供達にイライラしたり、主人に八つ当たりしたり、時には文句や愚痴をボロボロこぼしてしまったり、こーゆーのがいけないんだなぁって事を繰り返す毎日です。


そして、以前はそんな自分をもっと良くしなければ!!って律していたのですが、最近は『失敗しても、それでも自分を好きでいていい』と思える様になってきました。
反省せねば!とは思いますが。


そうすると、出来事は変わらなくても、ずっと気持ちが軽やかになりますね。

凹んでも、失敗しても、『元の場所』に戻るのが格段に早くなりました。


どんな自分でも自分。

その『どんな』を、より良い自分の割合が多くなるようにしていきたいです。


今日も読んでいただいた皆さま、ありがとうございました!