ゆめであえたら。

なんだかんだで、なるようになってる。

幸か不幸かの多数決。幸せの人数を増やす。

多数決ってありますね。
民主主義の平等な決め方ですね。


私は『全体の幸せ』もこれに近いんじゃないかな、と思いました。


まず、幸せの人数を増やす。


本当は選ぼうと思えば、
一緒に苦しんであげる事はできるかもしれない。
一緒に落ちてあげる事は出来るかもしれない。
一緒に色を無くす事は出来るかもしれない。
一緒に抜け出さない事は出来るかもしれない。


だけど、それは助けてあげてる事でも何でもないと思いました。

ただ、不幸な人間が1人増えただけ。


オセロの黒が1枚増えただけ。


1枚増えると、白を黒に変えられる力と可能性は、とてつもなく増える。


どんどんどんどん明るさは減っていく。


それは出来ないと思いました。
それはしたくないと思いました。


私はきっと凄く無力で、誰かを助ける力までは無い。
本当は救い上げたり光を差したりしたいけれど、自分の心をこじんまり灯すので精一杯。


でもだからって、全てを諦めたくない。
わかってて何もしないで一緒に暗闇に取り込まれていくのは、傷つけるより無責任だと思ったんです。


自分で線を引く。

ここから先に、真っ暗は行かせない。


多分、私は身勝手でずるいんでしょう。
ひとでなしで、ろくでなしかもしれない。
恩も義理も人情もないに違いないです。


それでもいいから、ここまででストップをかける。

盤上の、私の持ち場の白は、絶対に黒には変えない。


そうすると決めることでしか、私には守れないものがあります。


それを守る事で、ここから先の『白』が増えていくんだと信じます。


私の行為自体が真っ白とは言えなくても。

だからこそ、私は自分を受け入れます。
私は自分を肯定します。
私は自分を認めます。


この世界の今の自分を、私が受け止めなければ誰が愛してくれるんだと思うからです。


あなたにも幸せになる義務がある。

あなたには、あなたの心と魂に責任がある。

その心と魂を、幸せにする責任があります。


誰かが幸せになると決めた分だけ、多数決が有利になります。


そうやって、世界にどんどん『幸せ』が広がっていけばいい。

そんな苦笑いしたくなる様な綺麗事を、
日々色んな事に苛立ったり迷ったり見失ったりしている人間が、真剣に願っています(^^)
開き直りかもしれないけれど、おそらく綺麗なだけが正しい心な訳じゃない。


完璧になってから望むんじゃ、きっと遅すぎる。
何光年先になるかわからないと思います。


どうせ死ぬまで完璧になんてなれないなら、
残ってる時間の割合を、明るい色にしませんか。


許可なんて多分要らない。
あなたが自分を無許可にしてるだけです。

いるとしたら、自分自身の許可だけですよ。


『私は幸せになっていい』
『私は自分を好きになっていい』


たとえ誰かがそう言ってくれても、あなた自身が駄目だと言い続ける限り『可』にならない。


『幸か不幸かの多数決』は、あなたの清き1票をお待ちしてます。


あなたの人生は、どっちを支持しますか????


読んでいただいて、ありがとうございました。

罪悪感に捕まって、両親を離せない怖がりの人へ。

こんにちは。なるよです。


今日、ふと『20歳前後の自分に声を掛けるなら』と思いました。

高1で高校を辞めました。半年で辞めました。
成績や人間関係の問題ではないです。

今だから冷静に思い返してみると、
強い強い自己否定からくる現実逃避と、空気感の緩さというか、生きる事に必死にならなくても大丈夫という雰囲気が、未知の世界で、どうしていいかわからなくて、何もしたいと思える事がなくて、途方に暮れた様な気持ちで、
居場所を見つけられなくて辞めました。

ここには居られないという気持ちで辞めました。

親戚に怒られたり、クラスメイトや担任や校長先生にも強く止められたけれど、
私は通い続けていたら、間違いなくおかしくなっていたと思います。


自分を守るために辞めた、そう思います。


初めは家から出るのが怖くて。
誰かに姿を見られるのが恐ろしかったです。

でもずっと『このままじゃダメだ!』って思っていて。

まず、夜に近所のコンビニにいく所から始めました。
サッと行ってサッと帰ってくる。

次は真っ昼間、同級生や学生がいない時間に、家から1番近いバスの時間を見て、その時間直前にバス停まで急いで行って乗って、
みんなが余り向かわない駅まで行って帰ってきて。


バイト先もその近辺で見つけました。
そしてフルタイムで働き始めて、初めての社会で必死になっている内に、学生と会うのが怖くなくなりました。


でもやっぱり何でも自分を責める癖はありましたけれどね。
もう、何でもです。
嫌な事があって怒ったとしても、後になって『結局私が私だからいけないんだ』
全部そこに行き着きました。


働きながら家にお金を入れて。
プラスαで家の生活費が足りないと入れて。

父さんも母さんも苦労しながら育ててくれてるんだから。
誰も悪くないんだから。
不満を感じちゃいけない。健気に助けなきゃいけない。
何とかなるよ!っていつでも明るく笑ってなきゃいけない。


そうやって、家に入れる金額も父に貸す金額も頻度も増えていきました。


父も、困るとすぐ私をアテにする様になりました。
自分からは言えないもんだから、母に言わせて。


それでも私は『みんな辛いんだから』って自分に言い聞かせていました。
20歳を迎える前後位には、爆発しそうな不満を見ないように押し殺して、抜け出せない恐怖と戦っていました。

自分もこの底なし沼のような一族のスパイラルに巻き込まれたまま一生を終わるのか。
どうしたら止められるのか。
止める事は可能なのか。
でも終わらせなきゃいけないと。


結婚なんて出来ないと思っていました。
苦労する人数を増やすだけだと思っていました。
誰も巻き込んではいけないと思っていました。

でも、ありがたい事に、今家庭があり二人の子供に恵まれています。


18歳の頃、一度、家を出て住み込みで働こうと思いました。
家から出て行きたかった。
でも私が居なくなったら、この家は食べる事も難しくなるだろう。家賃も払えないだろう。
明るく振る舞う人も居なくなるだろう。
自分だけが逃げ出す事は、許されるのか。
ここまで苦労して育ててくれたのに、見捨てる様に逃げていいのか。

みんなが食べる物に困っている時に、私だけ普通の生活をするのか。

そう思ったら出れませんでした。

だけど、それだけの理由ではありませんでした。

いつも自分を責めていて、いつも頑張りが足りないんだと責めていて、だから良くなっていかないんだと責めていて、私はいつも『私は合っているのかなぁ』と不安でした。


そして誰かに肯定してもらいたい時は家族に聞き『お前は頑張っている』『お前は偉い子だよ』『お前はそんなに頑張ってて凄いよ』そう言ってもらって、何とか自分を認めていました。


家を出て1人になったら、誰も励ましてくれない。
人は信用しちゃいけないと強く教わって育ってきた私は、人が怖くて怖くて、
その中で自分を否定せずに、自分で自分を励ましながら生きていける自信がなかったんです。

私はきっと、依存される事に依存していた。
そしてあの家では、自分だけはまともにやっている人間でいられた。
母を守らなきゃいけないという想いも理由にしていたのかもしれないです。


言い訳かもしれませんが、今となってはもうわからないですね。

どこまでが純粋に自分の中から湧き上がってきた感覚で、どこまでが幼い頃から埋め込まれてしまった感覚なのか。


ただ1つ確かな事は、いつの時も客観的に見れた事は1度も無かった。

なぜなら私は、1度も家の外の世界に出た事は無かったから。

両親の価値観以外の世界で生きた事は無かったから。

『人は何を思うかわからないから、家の事を言うとアンタがバカにされるから、惨めな思いをするから、見下されるから、絶対に人には家の事情は話しちゃダメだよ』

母にそう言われて育ってきて、仕事先にも友達にも、他人には1度も相談せずにきた私は、本当に冷静に見る事が出来なかったです。
怖くて他人に言う事は出来なかった。


『家を助けるんだよ。両親に楽させてやるんだよ。あんたはいい子だから大丈夫だね。
悪い事はしちゃいけないよ。一生懸命働いて、お金をちゃんと稼ぐんだよ』

祖母にはこう言われていました。

そして父は綺麗事と現実逃避、高望みと夢見がち。

その全部を正論だと思っていた私は、そのぐちゃぐちゃでアンバランスな価値観を自分なりにその都度その場に合う様に調整していた様に思います。


今、私は実家の家族から離れました。

自分を大事に出来るようになって、やっと決断出来ました。

私には全員を請け負う力なんてない。
自分の幸せしか守れない。
誰かを信用したい。信用できると思った人には心を開きたい。
一緒にいて巻き込まれても、不幸の人数を増やすだけ。
幸せになれる人から幸せになっていく。
今ある幸せを守っていく。
自分達を幸せになれないと決めつけて、もう無理だと決めつけて、助かろうとしない人達を、誰も助ける事なんて出来ない。

そして私が怖いのは、他人でも社会でもなく、父だと。母だと。
それに取り込まれてしまいそうな自分だと。

私は私を好きになれたから、私は私を大事にします、ごめんなさいと言いました。


罪悪感が出てくる時もあります。
これでも良かったのかとよぎる時もあります。

でも私は、離れた後に出てくるこの感情も、受け止める覚悟で離れました。

どれだけ後悔することになっても、今の自分の決断を信じようと決めました。


曖昧な未来と定まらない解決策より、
今この瞬間に自分が大切にしたいと思うものを守る。信じる。


そう思えた私は、少し強くなれたのかもしれません。
客観的になれたのかもしれません。
冷たくなったのかもしれません。
身勝手になったのかもしれません。


でも、その全部を私が望みました。


今、子供から大人になりかけの人がいたとして、自分の事を中心に考えてしまう事に罪悪感を感じて動けない人がいたら、伝えたいです。

自分の幸せを願っていいんだと。
幸せを探していいんだと。
探しに飛び出していいんだと。
例えばそれが身勝手になるんだとしても、構わないんだと言いたいです。


誰も罰しないし、そんな権利もない。
あなたの幸せはあなたのものだし、
誰かの不幸はその誰かのもの。


誰にも誰かの幸せをコントロール出来ない。
誰にもあなたの幸せを出し入れ出来ない。


あなた以外、あなたの幸せの為に動ける人はいないんです。

誰かがあなたの為に動いてくれたら、それをあなたが『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言わないと幸せになれないんです。


なんで自分の場合は、誰かを傷つけなきゃ幸せになれないんだって思うかもしれません。


でも傷つけた人がそれを受け入れていたら、
感謝で動けばいいと思います。

それを都合良すぎと言うなら、それでいいと思います。

あなたが、あなたの価値観で決めていいんです。
自分の中にある違和感をおかしいと思わなくていいんです。
その違和感から、自分の価値観を探して見つけて信じていいんです。


私は両親の幸せを願っています。
私は幸せにしてあげられなかったけれど、
彼等が自分達も幸せになっていいはずなんだと、上を向いてくれる事を願っています。


でもそれは、今わたしが幸せだから願える事です。


一緒にいたら、きっと恨んで憎んで嫌ってしまっていたと思う。


受け入れてくれた両親に感謝しています。

私は私を大事にしていきます。

この世界に私を生んでくれてありがとう。

そう手紙に書きました。


あなたはあなたを好きになって下さい。
自分を好きになったあなたは、どんな人生を選ぶでしょうか。

何より最初に、あなたは自分で幸せになれるんだって気がついてほしいです。


あの頃の私の様なあなたへ。


過去の全てがあったから、今の私になれたんだと思えている、未来の誰かより。


読んでいただいて、ありがとうございました。

デカくて、太くて、くせ毛で。

こんにちは。なるよです。


昔話ですが、私はめちゃくちゃ太っていた時期があります。


168センチの身長ですが、MAX72キロくらいありました。
中学生の時です。
エストは83センチ、お尻は102センチ。
スカートだと太ももが股ずれで赤く痛かったです。


妊娠した時は妊娠線は出なかったのに、
ももには太っていた時にできた妊娠線が今も残っています。


でも痩せていた時もあって、仕事が忙しかった20歳前後はMAXで47キロまで落ちましたね。
その前に52キロぐらいで安定していましたが。


今も52キロで安定しています。
出産後、なかなかあと数キロが戻らず、やる気も起きなかったけれど、
自分との向き合いとチベット体操で自然と痩せました。


もう少し痩せた方が見た目は良いのかもしれないけれど、食べたいものを我慢しすぎるのが嫌なので、まぁいいか…と思っています。


私は小さい頃から、太ったり痩せたりを繰り返していました。

今思い返すと、メンタルが不安定な時ほど太っていましたね。
不安定というよりは、こんな自分じゃダメだ!って自分を責める気持ちが特に強い時。


小学生の時から、1年前と10キロは違うって状況がよくありました。

自分を抑え込んでいる時ほど、自分を認められない時ほど、太ってゆきましたね。


でも自分を受け入れられる様になってから、太らなくなりました。
体操のおかげもあると思いますが、食べ過ぎてもあまり気にしなくなりました。

少し体重が増えても、ピリピリしなくなりました。


痩せようと思えば痩せることがわかっているし、私は私だし。
食べたいから食べてるし、そしたらやっぱり太るのは当たり前だし。
わかってて食べたし、それを責めてもどーしよーもない。
痩せたいなら、自己嫌悪してても痩せないから、痩せる事しよう。

でも、痩せなきゃいけないって決まってないから、またボチボチ行こう。


自己肯定感って凄いですよね(笑)
こんな風にスーパーポジティブになりました。


これでも拒食症にも過食症にもならなかったけれど、口に指突っ込んで吐いた事は何回もあるし、何度も何度も何度も何度も太ってる自分を責めて責めて責めて、周りの痩せてて可愛い友達と自分を比べて、惨めで情けなくて、外も出たくない時もたくさんあったんですよ。

この身長で太ってしまうと、Lサイズ着ればいいとかじゃないですし。

痩せてる時でもLサイズじゃないと腕が足りないとか、肩が合わないとかありますもん。

それが太ってしまうと、もう可愛い服とか全然無いですし。
と言うよりは、それ以上のサイズの服を買いたくないから、必然的に買えるモノが、着れるモノがないのです。


スミマセン、だらだら書いてしまいましたが、何が言いたかったかといいますと、
自己否定とダイエットって、かなり密接に関係してるって事です。


自慢でもなんでもありませんが、私は『ダイエット』って言うダイエットって、成功した事がないのです。

あらゆるダイエットに挑戦しましたが、自己否定が強すぎて、ほんと続かなかった。
諦めてしまうんですね。
『私はどうせこんな奴だ』って。


だけど仕事が忙しかったり、奇跡的に彼氏ができたりして『必要とされている』感が満たされると、自然と痩せていきました。


『なんで私は』が強い時が1番アップダウンが激しかったですね。


自律神経も乱れて、恐ろしいくらい冷え性になったりしました。


自分を好きになる入り口がどこからでも構わないと思います。


ご立派な理由じゃなきゃ成し遂げられない訳じゃない。


家庭環境からくる自己否定の克服からでも、体型からでも、髪質からでも、顔の造りでも、恋愛のトラウマでも、友人関係からでも、
あなたがあなたを否定してしまう事は、全てに繋がっていると思います。


ちなみに私は、↑の全部がコンプレックスでした。。



だから逆に言えば、どこが入り口でも、自分を認められる様になれば全部が明るくなってゆくと思います。


自分を好きか嫌いかは、全部に繋がっているから。


今すぐ自分を大好きなんて思えなくてオッケーです。
心臓が脈打ってる事、居たくなかったとしても自分が現に存在している事。
それだけで居ていい許可と一緒な事。


ほんとは自分が存在している事に、良いとか悪いとかなんて無い事。


惨めなら惨めでもいいし、
情けないなら情けないでもいい。


でも、自分はこの自分なんだって腹くくる所から、認める事からしてみませんか?


私は、容姿に関して『この自分以外になれない』って事実に納得するまでキツかったなぁ…。
何年も何年も、何十年もかかりました。

またそれは書きたいので、ご興味のある方は、読んでみて下さい。


痩せたい人、痩せられますよ。
あなたが『私は大丈夫』って自分を認めれば、絶対に出来ます。


ゆっくりな事を、明日の朝にモデル体型になれていない事を、1ヶ月で何十キロも痩せない事を、責めないで下さい。


かかる時間は、あなたが自分を否定していた量と比例すると思います。


目標まで長い道のりなら、そのキツイなぁって真っ只中で『あ、こんなにキツくなるくらい自分を責めていたんだな』『ごめんね。待っててね。もう追い詰めないからね。』って
太っててあなたから責められてるあなたに、声をかけていくと一人じゃない気持ちになれると思います。


『頑張って目標まで行ってあげよう。』
『もう苦しませたくないや』


そんな風に自分に対して思えたら、後はきっと結果が自然とついてくると思います。


どんな見た目でも自分は自分だけれど、
『こんな自分は嫌だ』って思わずにいられるスタンスでいたいですね。
自分の自分に対する態度が、『こんな扱いされたくない』ってものじゃないといいですね。


読んでいただいて、ありがとうございました。

『バシャール スドウゲンキ』

こんにちは。なるよです。


私はよく図書館に行きます。


前は全く気にならなかった本を急に借りてみる気になって、それがとても興味深かった…という事が時折あります。


この『バシャール スドウゲンキ』もそうでした。


今まで借りる気すら起きなくて、
2か月くらい前に一度、なんとなく借りたものの、読まずに返却しました。
その頃の私は、ちょうど『急がなきゃ!!』的な感覚が強くて、焦っていて、
本より何かしなきゃ!でも、これってめっちゃ焦ってる状態だ!と、自分の中が大騒ぎの時期で。


それもとても落ち着き、先日図書館に行った所、またこの本が目に止まりました。


『今なら読みそうな気がする』


そう思って借りて帰り、すぐに読み始めました。


面白かったです。


スドウゲンキさんの質問の仕方が、とても身近な感覚で、難し過ぎず、
『あ、そういう言葉で質問してくれてありがとうございます』って感じでした。


私はスドウゲンキさんに全く詳しくないのですが、
とても素敵な方だなと思いました(^^)


この本の中の、『自分自身になっていいんだよ』という言葉が、とてもとても印象的です。


読んでいただいて、ありがとうございました。

前回話した夢の話。

疎遠になってる実家の家族に、来てくれと呼び出されました。
父と母と兄が外国人の赤ちゃんを連れていました。
何処かに届けなければいけないと言っています。

赤ちゃんはダンボールに醤油2本と入れられて、兄が手で持って運んでいました。

熱中症になってないか、あんな運び方で大丈夫か心配で私が代わりました。

兄になんでそんな扱いをするのか、こう持つと危ないと説明しても、聞く耳を持たず、どっか向きながら寝てしまいました。

簡易的な抱っこひもを布で作り抱っこしたら、私の母乳を飲んでいました。

私は息子にもあげなきゃいけないけど、でも……と思っていました。
赤ちゃんはとても可愛かったです。
声を立てて笑いました。

赤ちゃんが少し泣いて、厚着してるからだとわかりました。
赤ちゃん洋品店があったから、薄い服を買ってあげるために入りました。

兄に注意してたら寝てしまったので、この店の端に転がしました。

洋品店の2階に上がる途中、私は、この子を無事に届けるミッションはかなり大変だ。乗り越えられるか…と考えていました。

洋服を見てたら娘が帰宅する時間が気になって、デジタル時計を見たら1111111でした。

店の中が暗くセピア色みたいになって、怖いアニメが映っていました。

男女が運命共同体の様にくっついていて、最後はお互いの2つの首に一緒に1つの首輪をつけられて、その首輪が締め上げられて、悲鳴をあげて終わる番組。ラストは足元しか映らなかったのですが。

追っ手から逃げるテレビもやっていて、何をしてもどこに隠れても逃げられない。どうする?と私が自分の身に置き換えて考えていました。
その時の夢の色は薄紫色でした。

場面がまた変わり、赤ちゃんはスヤスヤ気持ち良さそうに寝ていました。
首が座る前なのに寝返りを打ってて、自分で枕に戻っててすごいと私は思っています。

ふと、成り行きが怪しいと思い母に『あの赤ちゃんどうしたの?』と聞いたら、母は皮肉っぽく『父さんが○○人の彼女に勝手に産ませちゃったんだって』と言いました。

『え?!何?!』と聞き返したら、母は私が怒ったと思ったらしく『やっぱりなんでもない』と言って誤魔化しはじめました。
父も洗濯を干すふりをして、すぐ後ろで何を言ってるか聞き耳立てています。

私は他人事の様に、無関係の様に話す母に、すぐ人の表情でわかりやすく言動を変える母に、いつも肝心な事を話さない母に腹が立って『昔からそういう所大っきらい』と言いました。

母は父が洗濯を真後ろで干しているのを知っててタバコを吸い始めました。

我が家は母が全て家事をやって、父は何にもしない人だったので、『あ、父をバカにしてるんだな、許さないって思ってるんだな』と感じました。

これを主人に言う時に、私はまたあっけらかんと平静を装っていうのかな、と思いました。
これを普通に受け止めるって、異常なんじゃないかなと思いました。
これは異常だと思っても、もう親を捨てたいと思ってもいいんじゃないかなって思った所で、目が覚めました。


もう多分、ひと月近く前の夢なのに、今でも鮮明に思い出せます。


私にはこの夢が示す意味を、的確にはわかりませんが、
この夢が何か変化の前兆なのは感じました。


そしてひと月近く経って、私の心は確実にまた軽くなりました。


今、すごく波の静かな感覚です。


さて、これからどこに向かうのか。


もはや自分でも予想もつかないから、
なるようになるんだろうって思ってます。


ただ1つ、毎瞬間、明るい方を向き続ける意識だけは忘れずにいこうと思います(^^)


読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

なんだか真っ平らな自分。

『認める事すら意識せず、当たり前の様に』という記事を書いてから、
本当に自分の中で何かが、真っ平らになった様な感覚が続いています。


今までの目標がスポッと無くなって、どこに行っていいかわからなくなった感じです。


でも、不安や焦りや怖さはないです。


逆に強迫観念めいたものが、自分の中から消えた気がします。


役割や、役に立てるものが自分にないのであれば、それはそれでいいんだろう。というかそれはそれで、そうあるものなんだろうっていう感じがホワ〜…って広がってる様な… ごめんなさい、わかりづらいですね★


小さな頃から私の中に張り巡った観念めいたものが、解消されたんでしょうか。


インナーチャイルドを癒やすってよく聞きますが、これがそうなんでしょうか。


まだわかりませんね。


そして、長年ずっとあった『不足感』も出てこなくなってます。


いや、現実的にはやりくりとか、イライラとか、大変だ〜!って思う事はあるんですけどね(^_^;)


あの、なんと言うか…『行かなきゃ!』『やらなきゃ!!』的なものが、湧き上がってこなくなったというか………。


『淡々』としております。日々。


私はここ1年、ツインソウル的な概念に捕らわれて、捕らわれているのが意外と客観的にわかってるのに抜け出せなくて、かなり四苦八苦した1年だったのですが、

その『認める事すら〜…』の記事の前辺りから、それも自分の感じる自分に対する『不足感』だったのかなって思うようになりました。


今でも何か、私の言葉や想いが誰かに届いて、誰かが見に来てくれて、結果的に少し気持ちが暖かくなったりすればいいなぁって思っていますが、
いても立ってもいられないあの感覚が、思い出すと今はなんだか不思議です。


私は止まってしまったんですかね。


それともスタートしたんですかね。


以前は『そんな事言っても!でもなんかこのままじゃダメじゃん!』って日々なってたんですが、
今ははじめて『ただ生きているだけでいいんだ』っていう言葉が、少しわかった気がします。


走水神社の事を書く少し前に、印象的な夢を見ました。


長くなってしまったので、また次回に書きます。

ご興味のある方は読んでみて下さい。


ありがとうございました(^^)

願い事の願い方。

今自分を大事にしていって、
1分後も自分を大事にしていって、
1日後も、1ヶ月後も、半年後も、1年後も大事にしていって、

あの頃妄想すらまともにできる気がしなかった願い事が、
気がついたら叶う場所までこれてた様に叶うといいな、と

七夕に思いました。

満月を見てて思いました。

今日、自分の『嫌だ』とか『こうしたい』を大事にして思いました。


願いたいのに願っちゃいけないなんて、
そんな窮屈に生きていくなんてまっぴらだから、
大それた願いでも、バカげた願いでも、
願っている自分は大事にする。

ずっと時間が経って、思い出して死にそうなくらい恥ずかしくなる願いでも、
思いっきり願えなかった事って、すごく重く後悔が残るから。
これは経験談です。


年齢とか、立場とか、見た目とか収入とか、そんなのに乗っかられないで、
混じり気なく純粋に願えたらいいなと思いました。


『それでも願う』
そんな願い方をしていきたいと思いました。


読んでいただいた皆様、ありがとうございます(^^)

そんな感じを、多分神様は許してくれる。

動きたいのに、何をしていいかわからない事

会いたいのに、誰なのかわからない事

話したいのに、言葉にならない事

訴えてるのに、伝わっていない気がする事

思いっきり愛したいのに、到底出会えない事

わかってるのに、悔しくて納得できない事


それでも毎日は始まって、また何事もなく終わっていく事


本当はずっと画面の中を検索して、自分の似たもの探しして、なかなか見つからなくて、自分みたいな人が出てくるまで調べていたい。


なんでだろうって膝抱えて、寝そべって途方に暮れていると、それはそれで落ち着く。


何にも変わらないんだって結論づけて決めつけて、だから悲しくて動けない、苦しいから動かないって、自分は無気力だって決めつける。


不安定な安定は、暗いけれど狭いけれど、重くて沈んでるからフワフワユラユラ揺れたりしない。
浮かばないからこれ以上は沈まない。

日は登らないから、夕暮れもこない。


意外と慣れてしまえば楽なパターンだったりする。


『そこ』にいればいいから。

『自分をちゃんと責めてる事』で、義務を果たしてる気になれるから。


だけど何も変わらない。


本当に変わらない。


ただただ積もっていってしまう。


自分ですら、届かなくなってしまう。


そこで切り替える事がどんなに力がいるか、決心がつかないか、嫌ってほどわかる。


重力が何百倍にもなった様な重さ。


動かそうとする体に、半端ない抵抗力がかかる。


現実はそれだけ重くのしかかって、


ただ何もない日々に、掃除したりコンビニ行ったり映画見たり本読んだりするだけじゃ、
『そんなんで役割果たしたツラすんな』って責められてる気になってしまう。


でも1番大事なのって多分、
そういう何にも出来てない自分でいいんだと、
役割なんかなくても生きてて大丈夫と、
その虚しさは自分を無力だと責めてる事だと、
無力は罪じゃないと、


ありきたりな日常で思えるようになっていく事だと思う。


悔しくて情けなくて物足りないけれど、
大役じゃない自分の役割を、
くそ喰らえな今居る場所を、
『ここが自分の持ち場だ!』って、
仕事片付けてからじゃないと進めない。


やり方はきっと、今の持ち場と役割を、受け入れる事。感謝でもいい。


なかなかなかなか、難しくてしんどい作業だったりする。


難しい役割を持ってる人は、多分みんなほんとは出来る。


出来るから生きてる。


そうやって、自分に少し『特別感』を出すぐらい、
多分神様は許してくれる。

想いを伝える三種の神器。

想いを伝えるには、三種の神器が必要だと思います。


『想い』と

『勇気』と

『タイミング』


想いがあってタイミングが有るのに勇気が出なかったり。

タイミングと『今なら言えるのに』が揃った時は、想いの形が変わっていたり。

想いと勇気はあるのに、タイミングが合わなかったり。


起こることが全てと言われればそれまでだけど、
それじゃ生きてる実感なんてないじゃないですか。


悔しいじゃないですか。


『それが全てだ』なんて片付けられたら。


勇気はタイミングを教えてくれてると思います。

想いは勇気を呼び覚ましてくれると思います。

タイミングは勇気と想いを待っていると思います。


全て出揃っても、その手とか足とか口とか頭ん中とかが動かないと使いこなせないと思います。


いつまでも手元に残っててくれるわけじゃない。


好きな人に好きだと言うこと。


抱きしめたい人を抱きしめること。


ありがとうと伝えること。


ごめんねと言えずに後悔を残さないこと。


出揃うのを待ってないで、探しに行ったっていい。

力ずくで見つけ出したっていい。


勢いも強引さも無鉄砲も、時にはとても大事なんじゃないでしょうか。


そこに想いやりがあるなら。


想いを伝えること、伝えられること、伝えたい想いがあること、


仕舞い込めない想いを仕舞い込むから苦しくなります。


大事にしてください。


衝動も。駆り立てられる想いも。


読んでいただいて、ありがとうございました。

ドアが痛そうとか、机が嫌そうとか。

こんにちは。なるよです。


なんてことない事なんですが、
私は昔から、物にも命がある様に思えてしまいます。


扉とか勢いでバタン!!と閉めてしまった時など、『あ〜!痛そうっ!ごめんね!!』と思います。

こんな事されたら嫌だよね…とか、ちょっと足が当たってしまうとなでなでしてごめんねって思っています。


ハッキリとした1番古い記憶では、小学校低学年からやっていたので、もしかしたらもっと小さい頃からあった感覚かもしれません。


この感覚って、なんか○○感覚みたいな名前ってついてるんですかね???
よく共感覚とかってあるじゃないですか。


脳の仕組みで解明されてる事なら知りたいなって思ったんですが、なかなか検索もうまくいかなくて。


心に引っ掛かった事を『今ちょっとムリ〜💦後でやるから!』なんて考えてその場を離れると、後ろ髪引かれたような、見捨ててしまったような気持ちになります。


だからなんだって事もないのですが。。。


アンテナに掛かったもの全部に対応してると
日常生活が回らなくなりますし、
息をつく間もなくてパンクしそうになりますし…。


普段は強い引っ掛かりじゃなきゃフツーにサボったりするのですが、
単なる神経質なのかな〜(^_^;)


人にも同様で、例えば下の子の体調とかで上の子にあまり構えなかったりすると、
もう下の子の世話しながら上の子の感情ばかり引っ掛かるんですね。

下の子が生まれた時は、ずっと上の子の感情ばかり考えてた気がします。

なんだか、言葉では言われないけれど、ずっと訴えかけられている気がするのです。


他人のモヤモヤとかにもあって、怒ってる人、悩んでる人、寂しい人とか、わかって欲しいって、なんか訴えかけられている気になります。

ここ1年ほど『引っ張られない』事を意識するようにして、誰かの何かの感情を『あ、こう思ってるのかな…』って考え始めた時に、
自分を自分の中に置いておくような、相手の所に行ってしまった思考を自分の中に戻す感覚でいるようにしたら、だいぶマイペースを保てるようになりました。


思春期頃、大人になったらいつの間にか無くなる感覚かな〜って思ってたんですが、無くなりませんね。


なんとなく、書かせてもらいました。


読んでいただいた皆様、ありがとうございます(^^)

進めなくても、上がれるように。

大した人間じゃないのに、世界は広すぎてどこにいったらいいかわからないまま大人になりました。


どうしようもない人間なのに、景色は綺麗すぎて、いたたまれないような、申し訳ないような気持ちになりました。


自分を受け入れたのに記憶は多すぎて、このままじゃ記憶の処理で人生が終わってしまうのかと笑ってしまいました。


大した人間じゃないのにそんな事を思いながら生きていて、それが過去のものか今の感情かわからないから、考えるのをやめました。


今も今を通り抜けていて、過去の事を考えながらこの文章を書いてしまっています。


だけど、未来に少しでも良くなりたいから書いています。


今いるこの場所から進めなかったとしても、どこへも行けなかったとしても、
上がっては行きたいです。
登っては行きたいです。


どこを見ていいかわからないから、
上を見ます。
どうやって登るのか考えながら。


浮かべるように上がれたらとても楽なので、
重いものはなるべく外して、落として、手を離して、
見えない景色が見えるところまで行けたら嬉しいです。


今日もここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました(^^)

何者にもならない。

雨が止んだら青空がきれいだったので、虹を探してみました。

やっぱり虹は見つからなくて、自分が不甲斐ないせいだと思いそうになって、

『ああ、それじゃ人生は良くなっていかないんだ』って、日光の気持ち良さにだけ集中しました。


子供が熱を出してなかなか下がらなくて、
また自分の責任を探して責めそうになって、

『ああ、そうだった。これじゃ人生は良くなっていかないんだ』って、
今は回復に向かっている、ただその途中だという事に、焦りや不安が和らいでいきました。


私はいつも、くまなく意味を探してしまって疲れてしまう。

その意味は、充実さを求めるものじゃなくて、『言い訳』『誰にも責められないように』である事にここ数日で気がついてからは、
『これで良いんだ』から『別に良いじゃなくてもいいんだ』って、脱力感がすごいです。


今までどれだけ生き詰まっていたんだろう(笑)


心と向き合えてから、私は無意識に私になりきれた気になっていたけれど、
あそこがスタートだっただけで、まだほんのちょっと『わかった感じ』になってるだけなんだなぁと、
何もわからない中でそれだけは確かにわかりました。


そう思えた自分は、
何者かになろうとしなくなった自分は、
なんの義務もないんだと思えた自分は、
なんだかとても心地良いです。


そしてまたきっと、いつの間にか迷って、わからなくなって、もがいて、何か見つけて、
そこでやっとまた次の1歩が進めるんでしょうね。


長い。


長いけれど、きっとこの人生の何十年かでは
『ゴール』なんて到底辿り着けないから、
急ぐ必要なんかないのかもしれませんね。



それが少し寂しくて、少しだけ虚しくて、でもとても楽に、軽くなった気持ちです。


何者かにならなくても、私は勝手にここにいる。


これから何をしたいかなって考えたら、
やっぱり変わらないので、
誰かが少しでも自分自身を大切に思ってくれたらいいなって、
そう思いながら、細々とブログを続けていきます(^^)


色んな方が読んでくれて、その皆さんがどう感じたのかは私にはわからないけれど、
心の中にある『自分にしかわからない、でも理解してもらいたい気持ち』に、
少しでも触れられていたら幸いです。


読んでいただいて、ありがとうございました。

『認める事』すら意識せず、当たり前の様に。

『無力感の正体』という記事を書いた後に、何にも能力がなくてもいいやという感情が出てきました。


初めての感覚です。


でも、『ワーッ✨』って盛り上がるわけでもなく、『あ、そんな頑張らなくていいんだな』って、肩の力が抜けた感じです。


良い機会だからしっかり向き合おうと思い、『役に立たなきゃ』の感情を先日よりもっと辿ってみました。
小さい頃の、色んな事を思い出しました。


色んな大人から、色んな年上から、色んな事を聞いていた一族で1番末っ子の私は、
大人になったら家の役に立つように生きる事、世間はとても怖い事、人は信じちゃいけない事、油断したら足元をすくわれる事、
正直者はバカをみる事、けれど良い子で人に優しい人になる事というとんでもない矛盾を、サブリミナルテープの様に刷り込まれ(笑)、みんなグレてゆくたくさんいる孫の中で、『お前は良い子だからそんな事しないよな』的な見えない期待に応えようと、それをしないと認めてもらえないと、


そんな風に無意識に感じ取っている自分を思い出しました。


こういう時私は、紙に書き出してゆくとそれと連動して色んな事を思い出せるので、深く掘り下げたい時は書くことが多いです。
頭だけで考えるよりも、どんどん出てくる気がします。


自分で自分を受け入れて、色んな感情を認めて、私は何故まだ焦りが消えないのか不思議でした。
何をすればいいのかわからなくて、試行錯誤しました。
わからないから、動きたいけど怖い…を片っ端からやりました。


それでも焦りは消えなくて、ちょっと手詰まり感がありました。


それで気がつきました。
私は『私ってこれでいいのか…?』と今もまだ頭の片隅で思っている。

何に対してか考えたら、
幼い頃の言いつけだった事に行き着きました。


ただ誤解しないでもらいたいのは、誰も悪くなかったと言う事です。
誰が被害者だというならみんな被害者で、
誰が加害者だというなら私を含め、みんな誰かを傷つけてきました。
傷つけられてきました。


みんな、ただ抜け出せなくて、ただ傷を広げたくなかっただけだったんだと、今になって思えました。


今はまだうまく言葉にまとまらないけれど、
私はこれから『認められない自分』に、これまで以上にオッケーを出していこうと思います。


特に役立たなくても、特別な力がなくても、
不甲斐なくても、ただ生きているだけでも。


『認める』とか『認めない』とか、そんな事すら意識せずにいけたら最高ですね。


当たり前の様に生きる。


生きてる事を当たり前の様に生きる。


自分の存在に疑問を感じずに生きる。


なんて素敵な生き方だろうと思います。


そしていつもどおり矛盾してるけれど、
『当たり前を感じながら、その事に感謝』をしていける自分でありたいと願います。


先日、走水神社の話を書きましたが、
その直後にまたこうして、ずっと持っていたしがらみが解けてゆくのは、偶然かもしれないけれど不思議ですね。


偶然と思わずに、感謝します。


読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

ちょっと不思議な夢のお話②

逃げ切って学校に辿り着いた夢の後、
半年近く学校の夢をすごくたくさんみました。

シチュエーションや場所は違うのだけれど、学校の生徒である夢をとにかくよくみました。

あと、それと同じくらい多かったのが電車の夢。
電車の夢は、最後の方は乗り換えの夢が多かったです。


最後の電車の夢は、乗り換えようとホームを換えたらみんながまだ来ない。
そうしたら男の人が『先に行きなさい』って言うんです。

私はみんなを待ってるよって言うのですが、その男性は『君はすごく遠くまで行かなきゃいけないから、ここからは一人で先に行きなさい』って言われました。


実はこの夢の少し前に年配の男性の夢を見ました。私はその男性に対して『どうしていいかわからない、間が持たない』という印象を持って距離を置きました。

その直後、父から連絡があり、私は今まで隠していた本音をさらけ出し、伝える手紙を送り、今、実家との関係は途絶えています。

私がこれ以上、実家の家族を憎んだり恨んだりしない為に、離れました。

その出来事の後の乗り換えの夢。

私は心理学は詳しくないのですが、直後にたまたま読んだ小説にユングの心理学の『オールドワイズマン』の事が書いてありました。


なんとなくですが、年配の男性は父で、先に行けと言った男性はオールドワイズマンだったんじゃないかなと思っています。

現実の世界で、私は父に本心を言えた。
ずっとずっと怖くて出来なかった事をした。

ひとつクリアになって見た夢の気がしています。

それから間もなく、学校を卒業する夢を見ました。
それから電車の夢も学校の夢も見なくなりました。

そしてブログ開始後ひと月目の記事にも書いていますが、幹線道路の夢を見ます。

私の思い込みが見せている夢かもしれない。
でも、何か意味があるのかもしれない。


私は完全に解読する能力が足りなくて、不甲斐なさを感じる事ばかりだけれど、
感じる事になるべく抵抗をしないでいきたいなって思います。


読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

無力感の正体。ママの笑顔は『安心』という魔法だと思います。

小さな頃の事を思い出しました。
小学校前ですね。3、4歳…もしかしたら2歳くらいの感覚もあるかもしれません。

強く残っている感覚を、私が映像化しているだけなのかもしれないし、本当の記憶かもしれない。
でも、掘り返すと出てくる感情が生々しくて、重々しくて、苦々しいです。

多分、今の私に湧き上がってくるものの、元に近いものの様な気がします。 


『役に立てない』です。


辛そうな母親を見ている小さな私の感覚が残っています。


心配で。大人の話は理解は出来ないけれど、何かおかしな空気の中、母親の表情がめいっぱい強張っている。


思い出すと胸が締め付けられる感じで痛みます。

今だから分析できますが、無力さをね、痛感している感じです。
力になれない。どうしてあげる事も出来ない。


なんて声をかけていいかわからなくて。
それくらい母親の空気は張り詰めていて。
何かの拍子で切り替わって母親が笑うと、ものすごくホッとしました。
きれいに言い過ぎですね…

窒息しそうな苦しさでした。
空気が重苦し過ぎて。


ずっと母親の表情を気にして、食器棚の閉める強さにもいつも敏感で、小さい頃の私はずっとママっ子だったと思っていたのですが、
多分、あの子は母親を守ろうと思って横にいる。


心配だから、目を話せずにいる。


カウンセラーのように寄り添っている。


バランスを、とろうとしている。


私は母親の『ごめんね』をたくさん聞いて育ちました。

ひっきりなしとまではいかないけれど、たくさん聞きました。

言葉に出さない時もずーーーーーっと感じてました。


今、母親になった私だからわかる事もあります。

子供に必要なのは、謝罪よりも笑顔です。


そして、謝りたいのをぐっとこらえて笑顔を見せるのは、とんでもなくしんどいです。


けれど謝り続けられると、まるで刷り込みのように『私は情けない、可哀想な、どうしようもない環境にいるんだ』と無意識に思っていくと思います。


私が、謝るより笑ってて欲しかったと気がついたのは、随分大人になってからです。


謝りたい気持ちはわかる。
傷つけた時は、謝ることも必要だと思います。
でもその子のいる世界を、環境を、そこが世界の全てだと思っている子に『自分のいる世界は謝り倒される様な世界なんだ』と思い込ませる事はしないでほしいです。


でも、それが出来ない母親の苦しみを手に取る様にわかってしまう私もいます。
そんなに簡単では無い事も、嫌ってほどみてきました。


助けられなくてごめんねって、
力不足でごめんねって、
役立たずでごめんねって、
居てごめんねって、
居て邪魔じゃない……??って思っている小さな私が、まだ残っています。


私の中の母は、まだ謝ってばかりです。
張り詰めた顔をしてばかりです。


だからあの時の母親と私、両方に言います。


ママのせいじゃないよ。
ママは頑張ってるよ。
笑った方が似合ってるよ。
ママが居てくれると嬉しいよ。
ママが好きだよ。
私がいるよ。
一緒にいられればそれでいいよ。


あなたのせいじゃないよ。
ママは疲れてるだけだよ。
あなたの気持ちは伝わってるよ。
そんなに気を遣わなくていいよ。
役に立ってるよ。
立たなくたっていいよ。
嫌だって思ったっていいよ。
ママはあなたが好きだよ。
きっとじゃないよ、多分絶対にだよ。


………ここから私は、また変わっていけますかね。


常にあった無力感が、少しずつ解けてゆくといいなと、今、ちょっと軽くなりながら思いました。


これを読んでくれている誰かのお母さん。


ごめんねより、ありがとう。

ありきたりな言葉ですが、どうか少しでも忘れずにいてほしいです。

私も忘れない様に心掛けます。


そしてあなたのお子さんも、あなたが居てくれるだけで嬉しいって、そう思ってると思います。

お母さんの笑顔は、安心という魔法です。


そして、笑えなかったとしても『私はダメな母親だ』って自分を責めたりしないで下さいね。

全然うまく言えなくてごめんなさい。

大人になっても、まだまだ私は力不足です。

でも、この苦しさから抜け出します!(^^) 

誰のせいでもない事って、たっくさんあると思います。

読んでいただいた皆様、ありがとうございました。